1.令嬢

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「ああ、泥棒だ」  ホワイトがうなずいた。 「年のせいか、最近早く目が覚めてね。今朝も明け方にのんびり馬を走らせていたら、ここらじゃ見たことのない男を見かけたんだ。どうにも怪しいと捕まえてみると、この屋敷に盗みに入ったところだというじゃないか。二階の窓が開いているのに気づいて、つい出来心が、だと」 「まあ」  デボラが口を覆った。 「幸い、入ったのはその部屋だけで、屋敷の中で物音がしてすぐに逃げ出したそうなんだが。それがどうも、君の部屋らしい。といっても、見たところやつは手ぶらで、大方、盗んだ品物は既に仲間の盗品業者に」 「そんな!」  青ざめたデボラが、ホワイトの言葉を遮った。 「ついさっき、部屋に戻って着替えたときには、何も気づきませんでしたわ」 「それがいつもの手口らしい」  保安官がうなずいた。 「なるべく現場を乱さず、被害が露見するまでの時間を稼いで、その間に遠くへ逃げるんだ。何か盗まれるようなものに心当たりはないかい? たとえば――」 「サファイアのブローチ!」  デボラが悲鳴をあげた。 「去年、おばあさまの形見にいただいたんです。あれだけは、金庫に入れず私の部屋に置いていたの。折に触れ眺めて、おばあさまのことを思い出したくて。すぐにメイドに様子を……いえ、私が自分で見てまいります」  言うなり、返事も聞かずデボラは部屋から飛び出していった。  十数分後。 「……では、盗まれたものは何もなかったと?」  保安官に念を押されて、 「ええ」  自分の部屋から戻ったデボラがうなずいた。 「しかし」  言いかけたホワイトに、 「窓もすべて閉まっておりましたわ。失礼ですが、泥棒の話はその男の勘違いだったんじゃありませんこと?」  デボラが悠然と微笑みかける。  先ほどとは打って変わって楽観的な態度に、 「窓ならもう、朝一番にメイドが鎧戸を開けて回っているはずだ。そのあと閉め直したんだろう」  ホワイトが顔をしかめた。 「その点については、あとでメイドに聞こう。ただ、泥棒の被害については、なかったと君がいうなら何よりだが……念のため、お父上にも話を」  言いかけたホワイトに、 「それは必要ありません」  デボラがきっぱりと首を左右に振った。 「父も母も、昨夜の疲れでまだ休んでおりますわ。あとで私から説明いたします」 「そうかい?」  頭をかいたホワイトを、 「ええ。保安官さん、この件はどうぞ内密に」  毅然とした表情でデボラが見返した。 「わが家に泥棒が入ったなどと、被害もないのにおかしな噂が流れては困ります」 「……わかった。それじゃ、今日のところはこれで」  釈然としない表情で、ホワイトが腰を上げた。
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