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「ああ、泥棒だ」
ホワイトがうなずいた。
「年のせいか、最近早く目が覚めてね。今朝も明け方にのんびり馬を走らせていたら、ここらじゃ見たことのない男を見かけたんだ。どうにも怪しいと捕まえてみると、この屋敷に盗みに入ったところだというじゃないか。二階の窓が開いているのに気づいて、つい出来心が、だと」
「まあ」
デボラが口を覆った。
「幸い、入ったのはその部屋だけで、屋敷の中で物音がしてすぐに逃げ出したそうなんだが。それがどうも、君の部屋らしい。といっても、見たところやつは手ぶらで、大方、盗んだ品物は既に仲間の盗品業者に」
「そんな!」
青ざめたデボラが、ホワイトの言葉を遮った。
「ついさっき、部屋に戻って着替えたときには、何も気づきませんでしたわ」
「それがいつもの手口らしい」
保安官がうなずいた。
「なるべく現場を乱さず、被害が露見するまでの時間を稼いで、その間に遠くへ逃げるんだ。何か盗まれるようなものに心当たりはないかい? たとえば――」
「サファイアのブローチ!」
デボラが悲鳴をあげた。
「去年、おばあさまの形見にいただいたんです。あれだけは、金庫に入れず私の部屋に置いていたの。折に触れ眺めて、おばあさまのことを思い出したくて。すぐにメイドに様子を……いえ、私が自分で見てまいります」
言うなり、返事も聞かずデボラは部屋から飛び出していった。
十数分後。
「……では、盗まれたものは何もなかったと?」
保安官に念を押されて、
「ええ」
自分の部屋から戻ったデボラがうなずいた。
「しかし」
言いかけたホワイトに、
「窓もすべて閉まっておりましたわ。失礼ですが、泥棒の話はその男の勘違いだったんじゃありませんこと?」
デボラが悠然と微笑みかける。
先ほどとは打って変わって楽観的な態度に、
「窓ならもう、朝一番にメイドが鎧戸を開けて回っているはずだ。そのあと閉め直したんだろう」
ホワイトが顔をしかめた。
「その点については、あとでメイドに聞こう。ただ、泥棒の被害については、なかったと君がいうなら何よりだが……念のため、お父上にも話を」
言いかけたホワイトに、
「それは必要ありません」
デボラがきっぱりと首を左右に振った。
「父も母も、昨夜の疲れでまだ休んでおりますわ。あとで私から説明いたします」
「そうかい?」
頭をかいたホワイトを、
「ええ。保安官さん、この件はどうぞ内密に」
毅然とした表情でデボラが見返した。
「わが家に泥棒が入ったなどと、被害もないのにおかしな噂が流れては困ります」
「……わかった。それじゃ、今日のところはこれで」
釈然としない表情で、ホワイトが腰を上げた。
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