1.令嬢

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(……なんとか、ごまかせたわ)  メイドの案内でホワイトが出て行ったあと、デボラは応接室の椅子に座り込んで大きく息をついた。  保安官の話の途中で気づいたのだ。あの高価なサファイアのブローチ、あれを盗もうとする者がいたとしたら、それは……。  慌てて自分の部屋に戻って宝石箱を開けると、心配していた通り、ブローチはなくなっていた。 (ジェリー……!)  空の宝石箱を前に、デボラは膝から崩れ落ちた。 (なんてことを! この間、言われた通りお金を貸してあげておけば)  婚約者のジェラルドが、下手人を使ってブローチを盗み出させたに違いない。自身にアリバイがある上に、このスミス家の皆が出払っている、婚約披露パーティーの夜を狙って。  ……あのとき、金輪際賭けごとはしないと涙を流した彼を信じて、お金を渡せばよかった。そうすれば、彼もこんな大それたまねはしなかったはず。 (――隠さなくては)  涙にくれる間もなく、デボラは小さな拳を握った。  保安官には、泥棒の被害はなかったと言い張ろう。  幸い、盗まれた宝石は既に仲間の手に渡っているらしい。しかも、泥棒は屋敷の他の部屋には入らずに逃げ出したという。  それなら、保安官さえ説得できれば、この話は表沙汰にはならないはずだ。捕まえられた泥棒も、被害がないとなれば早々に釈放されるだろう。  盗まれたあのブローチは、盗品を扱う店で売りに出されるのだろう。なんとかそれを買い戻すことができれば、この件は誰にも知られずに済む。 (私が、彼を支えなければ)  美しくて明るくて、誰からも愛されるジェリー。  彼にその気はなくても女性たちが放っておかない、罪作りなジェリー。  いくつもの工場を持つトーマス家の跡取り息子なのに、努力が嫌いで賭けごとが大好き、いつもお小遣いが足りなくて困っている、仕方のないジェリー。  そんな彼が、デボラは物心ついた頃から好きだった。渋る両親を泣き落として彼との結婚を認めてもらったときは、天にも昇る気持ちだったものだ。  彼から、両親には内緒で何度もお金の無心をされるのには困惑したけれど。それだって、このままでは彼のためにならないと、ここしばらくは心を鬼にして、三回に一回は断ってきた。  そんな彼が、ようやく自分から父親を手伝い、仕事を覚え始めた矢先に――。 (どうしてこんなことを。ジェリーったら)  万一このことが世間に知られたら、プライドの高い彼は何もかも捨てて、どこか遠くへ姿を消してしまうに違いない。 (――でも、大丈夫)  膝の上で、デボラはなめらかなドレスの生地をぎゅっと握りしめた。 (きっと、何もかもうまくいくわ。私さえ我慢して、この危機を乗り越えれば)
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