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2.婚約者
「ははは、君といると本当に楽しいな」
不意に廊下の先から笑い声が聞こえて、ホワイトは足を止めた。
勝手知ったる屋敷だからと、応接室から付き添ってきた顔見知りのメイドの案内を途中で断り、ひとりで玄関ホールに向かっているところだった。
ふたたび歩き出して角を曲がった途端、
「エイミー、君に会えないと、このきれいな髪が恋しくなるよ」
廊下の先で、食堂から出てきた長身の若者が、傍らのメイドの黒髪に手をやるのが目に入った。
まんざらでもなさそうな顔で、若いメイドが若者を見上げる。
ダークブロンドのハンサムな若者が、さらに一歩メイドに近づいた瞬間、
「やあ、これはこれは」
たった今気づいたという素振りで、ホワイトは若者に声を掛けた。
弾かれたように、ふたりが身体を離す。
振り返ったメイドが、ホワイトに頭を下げて廊下の向こうに歩き去った。
「久しぶりだな、ジェリー」
ホワイトは若者に近づくと、先ほど目にした光景については触れず、穏やかな口調でその顔をのぞきこんだ。
「忘れないうちに。婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
昨夜、このスミス家のひとり娘であるデボラとの婚約を発表したばかりのジェラルドが、整った顔に華やかな笑みを浮かべた。今しがたのメイドとのやりとりには、気づかれなかったと思っているようだ。
「デビーを送り届けて一服したところかい? ゆうべのパーティーは盛況だったようだな」
「おかげさまで。保安官にもぜひ、お越しいただきたかったのですが」
礼儀正しくジェラルドが答える。
「ありがとう。だがこの年になると、あまり賑やかな場所はどうも。それに夜は、カーラをみなければ」
「奥様のお加減はいかがですか?」
ジェラルドが心配そうに細い眉をひそめた。ホワイトの妻が長年病で臥せっていることは、この辺りの者なら皆知っている。
「ああ。特段良くもないが、娘がよく看病してくれている」
「ベスが」
ジェラルドの口調が、急に熱を帯びた。
「ベスにもしばらく会っていないな。噂では、結婚の話があるとか」
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