2.婚約者

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(助かった)  廊下を遠ざかっていく保安官の広い背中を見ながら、ジェラルドは胸を撫でおろしていた。  保安官に言われたサファイアのブローチのことなら、聞いたことがあった。 (……それにしても、エイミーのやつ。馬鹿なことを)  数日前、デボラの不在時を狙って訪れたこの屋敷の一室で、黒髪のメイドのエイミーと抱き合っていたとき。 「サファイアというんですね、あの青い宝石。初めて見たわ」  デボラから例のブローチを見せてもらったというメイドが、うっとりした目で語ったのだ。 「本当に素敵なんです。大きくて、きらきらしてて」 「青なら、デビーの目の色と合うだろうな」  さして興味もないままジェラルドは答えた。  見た目は悪くないのに、どうにも地味でぱっとしないデボラ。  だが、彼女が引き継ぐ実家の財産はおそろしく魅力的だ。彼女との結婚がトーマス家にもたらす富がどれほどのものか、その結果、自分がどれだけ羽を伸ばせることか。それを思えば、あの退屈な娘との結婚にも十分我慢できる。 「どうせ私は、黒い目に黒い髪ですもの。お嬢様の青い目とは違って」  エイミーがつんと拗ねてみせた。 「何を言うんだ」  ジェラルドがにやりと笑う。 「あんなお人形より、君の方がずっと魅力的だよ。わかってるくせに」 「うふふ」  エイミーが、猫のような瞳を細めた。 「ねえジェラルド様。私もあんな宝石がほしいわ」 「そうだな。父さんから事業を引き継いだら、僕にも自由になるお金が入る。それまで待てるかい?」 「嬉しいわ」  そう言って抱きついてきたエイミー。  なのに。 (泥棒だと? 愚かなことを)  なんてことだ。後先も考えず、主人の大切な宝石を盗むなんて。  そもそも、あんな貧しい育ちの娘に、宝石の価値などわかるはずがない。  ああ神様。エイミーに、自分のしでかしたことに気づいて、主人の部屋のどこかにこっそりブローチを戻しておくだけの頭があればいいんだが。 (……潮時だな)  面倒なことはごめんだ。なかなか刺激的だったが、これを機にあの娘とは終わりにしよう。なあに、女なら他にもいくらでもいるさ。  そのときジェラルドの脳裏に、ついさっき思い出した可憐な容貌が――保安官の愛娘、どうしても自分になびかなかったベスの顔が浮かび上がった。 「……嫁入り支度もできないような貧乏人が」  舌打ちして、ジェラルドはつぶやいた。
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