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(助かった)
廊下を遠ざかっていく保安官の広い背中を見ながら、ジェラルドは胸を撫でおろしていた。
保安官に言われたサファイアのブローチのことなら、聞いたことがあった。
(……それにしても、エイミーのやつ。馬鹿なことを)
数日前、デボラの不在時を狙って訪れたこの屋敷の一室で、黒髪のメイドのエイミーと抱き合っていたとき。
「サファイアというんですね、あの青い宝石。初めて見たわ」
デボラから例のブローチを見せてもらったというメイドが、うっとりした目で語ったのだ。
「本当に素敵なんです。大きくて、きらきらしてて」
「青なら、デビーの目の色と合うだろうな」
さして興味もないままジェラルドは答えた。
見た目は悪くないのに、どうにも地味でぱっとしないデボラ。
だが、彼女が引き継ぐ実家の財産はおそろしく魅力的だ。彼女との結婚がトーマス家にもたらす富がどれほどのものか、その結果、自分がどれだけ羽を伸ばせることか。それを思えば、あの退屈な娘との結婚にも十分我慢できる。
「どうせ私は、黒い目に黒い髪ですもの。お嬢様の青い目とは違って」
エイミーがつんと拗ねてみせた。
「何を言うんだ」
ジェラルドがにやりと笑う。
「あんなお人形より、君の方がずっと魅力的だよ。わかってるくせに」
「うふふ」
エイミーが、猫のような瞳を細めた。
「ねえジェラルド様。私もあんな宝石がほしいわ」
「そうだな。父さんから事業を引き継いだら、僕にも自由になるお金が入る。それまで待てるかい?」
「嬉しいわ」
そう言って抱きついてきたエイミー。
なのに。
(泥棒だと? 愚かなことを)
なんてことだ。後先も考えず、主人の大切な宝石を盗むなんて。
そもそも、あんな貧しい育ちの娘に、宝石の価値などわかるはずがない。
ああ神様。エイミーに、自分のしでかしたことに気づいて、主人の部屋のどこかにこっそりブローチを戻しておくだけの頭があればいいんだが。
(……潮時だな)
面倒なことはごめんだ。なかなか刺激的だったが、これを機にあの娘とは終わりにしよう。なあに、女なら他にもいくらでもいるさ。
そのときジェラルドの脳裏に、ついさっき思い出した可憐な容貌が――保安官の愛娘、どうしても自分になびかなかったベスの顔が浮かび上がった。
「……嫁入り支度もできないような貧乏人が」
舌打ちして、ジェラルドはつぶやいた。
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