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幻獣
佐藤 裕は最悪の気分だった。
彼は今日、退学届けを出し高校を中退した。
学校からの帰り道、公園のベンチに座り込むと ふぅ と溜息を一つ吐いた。
佐藤の心情とは裏腹に、空は穏やかで日差しは暖かかった。
学校を辞めてみたものの、明日からどうしようか決めかねていた。
働きたいわけでもなく、特にやりたい事があって学校を辞めた訳でもない。
学校に居づらくなって辞めてしまったのだ。
自分に、こんな日が訪れるなんて高校に入学した頃には考えもしなかった。
自業自得だ…
目を閉じると自分を納得させるように
大きく何度か深呼吸をした。
目を開くと傍らに男が立っている。
時代劇で見た伊達政宗の様な眼帯を付けた男だった。
歳は30代位で端正な顔立ちをしていた
ブランド品だろうか高そうなスーツを着こなすモデルの様な姿は、ひなびたこの公園には酷く不似合いに思えた。
「今日は… 可愛い犬だね」
と言いながら
男は僕の側まで来るとしゃがみ込み
隣りにいる犬のロキの頭を愛おしそうになでるとニッコリと微笑んだ。
その姿に僕は凍りついた。
僕以外でロキが見える人間がいる事に…
男は僕の心を見透かすように言葉を続けた。
「コレは死んだ君の犬じゃないし
まして妄想なんかでもない
コレは幻獣だ…
君の心が作り出した
君自身の分身だよ。」
男はそう言うと、再びロキの頭を優しくなでた。
僕は震えていた。
この男は、僕がしていた事を知っているような気がして怖かった。
「君は神がいると思うかい?」
唐突にそんな事を男は僕に尋ねた。
「わかりません」
男の意図が分からず、僕は恐る恐るそう答えた。
「君のその力は神から与えられたものだ
私利私欲の為に使えばバチがあたる」
僕は神の怒りに触れ、学校を退学する羽目になったのだろうか?
「どうだろう…
もし君さえ良ければ
私の力になって欲しい
私と一緒に神の教えを広げないか?」
この男の言っている事に概ね間違いは無いような気がした。
僕は神から与えられた力を私利私欲の為に使い自分の居場所を失ったのだ。
何でもお見通しのこの男は一体何者なんだろうと考えていると男は言った。
「私は青山 准一
小さな宗教団体で教祖をやっている。」
あまりのタイミングの良さに、この青山という男自身が神なんじゃないかと思ったほどだった。
「僕は佐藤 裕といいます。
お察しの通りの身の上なので、そちらでお世話になりたいと思います。」
僕はそう言うと青山に頭を下げた。
宗教団体なんて胡散臭い事この上ないと思った。
ただ青山の発言は的を得ている事ばかりだったし、ロキに触れる人間に出会ったのは自分以外で初めてだったからだ。
それに何より怖かった…
申し出を断って、自分の不道徳をこの男の口から責められる事が…
「最初に言っておく…
もうわかっていると思うが、君の力の事は誰にも言ってはいけない。
そして誰も信じてはいけない。」
僕は小さく頷いた。
青山教祖は悪戯をした少年のような顔で
「君の秘密を知ってしまったから
私の秘密も教えてあげよう。」
と言うと僕の耳に手を当てると唇を寄せた。
「……………………。」
それが僕と青山教祖の出会った日の話だ
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