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冬の月
帰り道、よく僕は学校の近くまで彼女を迎えにいった。
冬の寒い日、彼女は道の向こうからやってくると僕が手を突っ込んでいるコートの右のポケットにいつものように自分の左手を滑り込ませた。
「あったかい」
と彼女は呟く、
僕はポケットの中で彼女の冷たい手を握りしめた。
冬の凍てついた夜、月を見上げた時に僕には思い出す風景がある。
古代ギリシャの彫刻のようにスッと通った鼻筋にシャープな顎のライン
彼女は白い息を吐きながら、僕のポケットに手を突っ込んで月を見上げていた。
冬の月と彼女の横顔はいつもセットで僕の中にあった。
僕は別の人と結婚し子供が出来た。
振り返る余裕もなく日々の生活に追われ
る毎日が続く…
きっとこれが幸せなのだ。
そして長い時間が流れた。
でも僕は忘れる事が出来なかった。
左手を失ってしまった時の絶望感
彼女を失ってしまった時の喪失感
彼女と一緒にあの月を見上げた日、僕は永遠に時を止めてしまいたかった。
そして彼女の横顔は僕の記憶に刻まれた
時計の針は止まる事なく進み、彼女はこの世界から消えた。
時は雪のように静かに降り積もって行く
彼女の存在を隠すように
そしていつか僕の存在も…
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