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水上 司
元部下の森下が水上司の会社を訪れたのは、月子が退院してからニ週間ほど経った頃だった。
この会社は元々公安関係者が潜入捜査の時に隠れ蓑に使う会社だった。
水上は公安の幹部だったのだが、融通が利かない性格が災いしてココに厄介払いされていた。
しかし隠れ蓑とはいえ何も知らない社員が9割以上を占めるこの会社は、民間の貿易会社として利益も上げ、一般の会社としてきちんと機能している。
森下が会社を訪れ、水上への面会を求めると社長室に通された。
「おぉ水上、久しぶりだなぁ
立派な椅子に座っちゃって羨ましい限りだよ、コッチは上原のアホに顎で使われて安い椅子に座る暇もねえ。」
元部下とはいえ森下は同期で気心の知れた仲だった。
出世に全く興味が無く、同期にも関わらず上司だった水上にも以前と変わらず接していた。
「こんな所に来ると上から睨まれぞ。
面会者がいれば必ず報告されるからな。」
水上は苦笑いしながら森下を迎えた。
「俺は失う物が何もないから大丈夫だ。
そんな事は百も承知だろう。」
森下はそう言いタバコに火をつけた。
「上はな恐れているんだよ。
お前が仲間を引き連れていつか復権してくるんじゃないかってな。
組織の中にも隠れてお前を支持する人間は多い、有力な人間の後推しがあれば中央に返り咲くのも難しくない。」
「そんな器用な事出来れば、始めからこんなとこ来やしない。
世の中は何か常なる飛鳥川…だよ」
「日がな一日、ここで世をはかなんで和歌でも詠んでいるのか?
隠岐に流された後鳥羽上皇みたいだな…カミソリの異名が泣くぞ。」
森下は鼻で笑う。
「それはさておき、今回は大変だったな。妹さんはその後どうだ?」
「まぁ余り芳しくない。
中学生にはショックが大きすぎた。
一体何があったのか捜査状況を知りたい
俺は事件の関係者だし、こんな調子なんで蚊帳の外だ…」
「テロリスト達が使っていた武器や装備などからおそらく犯人達はダライヤから来たんじゃないかという見方が大方だった。
ただな…経済産業省から捜査に圧力がかかった。」
「レアメタルか…」
水上は忌々しそうに呟いた。
日本はレアメタルをアユトウル国から輸入している。
アユトウルと日本の仲介をしているのが
ダライヤ国王だった。
「ダライヤ国王の機嫌を経済産業省は損ねるのが嫌らしい。
もしレアメタルの輸入が止まれば、その経済損失は計り知れないからな。」
「馬鹿な…
自国民が他国の人間に拉致されかけているんだぞ。」
「まぁそう熱くなるな
俺達だって抵抗したさ、そんな事は許される事じゃない。
きちんと捜査した上で証拠を並べて外務省からダライヤに状況の説明を求めるべきだとな。」
森下はタバコに火を付け一息ついた。
「ところが総理大臣の鶴の一声で話は終わりだ。 上はこれ以上捜査をする気はないそうだ。」
沈黙が流れた…
コレを言いたくて森下はここまでやってきたのだろう…
「わかった…わざわざすまない」
その言葉だけを水上は何とか絞りだした
「早く帰って来い。」
そう言われて私は苦笑いをした。
帰りしな森下は思い出したようにこう言った。
「そういえば鑑識の矢代の親父が面白い事を言ってたぞ。
親父が言うにはあの日、犯人4人と被害者の他にあの船には誰かがいた可能性があると…
海岸に打ち上げられた死体は魚による損壊と腐敗で死因がはっきりしなかった。それに加え犯人達の残された遺留品データには不自然に削除された痕跡があったそうだ。
相手もプロだ、万が一を考えて重要なデータを予め削除していても不自然ではないが…とも言っていたがな。」
「お前はどう思う?」
森下に尋ねた
「情報が少なすぎる…何とも言えない それに捜査は打ち切られ被害者の泣き寝入りで終わりだ。」
チッと舌打ちする
森下が帰った後で水上は1人社長室で考え事をしていた。
やりきれない思いだけが募っていた。
それはたぶん森下達も同様なのだろう…
そしてもう一つ、月子の事を考えていた
芙美の実子である月子…
犯罪被害者への人権配慮で戸籍は姉妹になっているが、そんな物は権限がある人間が見ればすぐにわかる事だった。
そして私は工作員の今井に嫉妬していた。
いつも笑顔で、でも芙美以外には誰にも心を開かない月子。
あんなに危害を加えられても、月子はまだ今井の身を案じていた…
何で月子だったのだろう?
そんな疑問が司の頭の片隅に常に付き纏っていた。
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