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求婚
町田は驚愕した。
あの伊藤が比丘尼に求婚され結婚したのだ。
昔話の鬼ヶ島の鬼と天女位、見た目にも釣り合わなかったし歳の差もかなりある。
鼠達は比丘尼を管理はするが、交際は絶対に禁止されている。
伊藤自身も比丘尼に手を出した鼠は抹殺すると公言している。
だからこそ兎が故意に比丘尼求婚の情報を教団内に漏らして町田達の耳にも入ってきたのだ…
比丘尼からの求婚なら伊藤の責任は問われない。
2週間ほど前
青山渡に伊藤は呼ばれた。
「おい 一体何の用だ」
伊藤は部屋に入るなり挨拶も無しにそう切り出すと教祖の青山渡は苦笑いで応じる。
「お前に比丘尼から求婚がきてるぞ。」
さも楽しそうに渡はそう言った。
「あー そんなもん受けるわけないだろう。」
眉をひそめた伊藤はそう言い放った
「比丘尼は嫌いか?」
いつもの事なので渡は淡々と話を進める
「そういうんじゃねえよ…
お前、俺に監視を付けたいのか?」
「違う、比丘尼からの提案だ。
私は関与していない…」
「比丘尼はお前の木偶人形だろ?」
その言葉を聞き少しムッとした感の渡が答える。
「それも違うな…
私は彼女達の行動と一部思考を制限しているに過ぎない。」
「それを洗脳って言うんだよ。」
「教えは心の麻酔だよ。
だから比丘尼には迷いがない。
変わらない現実ならせめて痛みがない方がいい。
周りにどう思われようと、彼女達はそこら辺の人間より充実した人生を生きている。
それに仕事を強制している訳じゃない。
選択する権利は与えている。」
「比丘尼達の収入はココの屋台骨だ、いなくなるとお前が困るんだろ
前にお前が死んじまった時、比丘尼と幹部で教団を支えた。
比丘尼なしにココは成り立たない。」
「自分達が教団を支えているというのは比丘尼達の矜持だ。
彼女達にとってそれは明確な存在理由になる。
そして自分の意思で選択し比丘尼になってくれている。
念願だった楽園も軌道に乗って
教団の収入も増えている。
なぁ伊藤…穢れって何だと思う?」
「教祖が俺に聞くな、俺は鼠だそんな事は知らん
ただ俺は比丘尼が穢れているとは思ってねえよ。
アイツらはココを支えている同士だ。
だから比丘尼に危害を加える奴に鼠達は絶対に引かない。」
「そうかソレはありがたい。
私にとって比丘尼は私の娘みたいなものだ。
だからこそお前に託したい。」
「けっ… 物はいいようだな。」
伊藤は渡に丸め込まれた感が否めなかった。
「求婚した比丘尼は呼んである。
後は2人で話せ。」
渡は奥村を呼ぶ
奥村と一緒に比丘尼の遥がやってくる。
遥は比丘尼になって5年程で、比丘尼を辞めるにはいい時期だった。
「あぁ お前か…」
以前に遥についた客がトラブルを起こしボコボコにした事を思い出して伊藤は天を仰いだ。
青山と奥村は部屋を出ていった。
ひと時の静寂が訪れる、それを破ったのは遥だった。
「私は比丘尼から足を洗う。
だから結婚して欲しい…」
そう言うと遥は真っ直ぐに伊藤をみた。
その瞳には迷いも蔑みもない…
比丘尼らしいストレートな物言いだった
教団内のヒエラルキーは鼠より比丘尼の方が上位に位置する。
暫しの沈黙の後、伊藤が口を開いた。
「俺は他人から恨みをかう仕事をしている。
俺と結婚すれば、そいつらの恨みの矛先はお前にも向かう。
ソレがどういう事がわかっているのか?」
「わかっています。」
「道端でいきなり刺されたり、拉致されて輪姦された挙げ句、殺されても文句は言えないんだぞ。」
「刺された時は諦めます。
もし拉致されたら、その時は死んだものだと思って下さい。
拉致された時点で舌を噛み切るから。
死は怖くありません。
この世は泡沫の夢のようなもので、その先に永遠の安寧があるのだから。」
徹頭徹尾、悲しいほどコイツは比丘尼だった。
教祖に、死ねと言われれば迷いなく死んでいくのだろう。
比丘尼だからこうなのか、こんな感じだから比丘尼になったのか伊藤にはわからなかった。
何処かネジが外れてるんだよコイツらは
伊藤は比丘尼達をずっと見ていてそう思っていた。
自分も外から見たら似たようなものなんだろうな…
そう思うと可笑しくて仕方なかった。
だから鼠なんかやっているんだろう。
感情が抑えられず、他人から見たら馬鹿馬鹿しいこだわりの中でしか生きられないのだから。
「おう…わかった。」
伊藤は苦虫を噛み潰したような顔でそう言い部屋を出ると教祖の執務室に向かった。
部屋のドアをノックもせずに開けると仕事中の教祖に向かって
「お前にはいくつか貸りがある
ソレをひとつ返すぞ。」
とだけ、ばつが悪そうに言うと教祖の返答も聞かず踵を返し執務室を後にした。
青山はその様子を見て静かに微笑んだ。
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