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「かなめー、飯できたからテーブル片してー」 台所から友人の声がする。 聞こえてはいるものの、俺は返事をしなかった。 「ったく、また聞こえねーフリですかい」 呆れた友人は、良い香りのするスープを持って俺の目の前に置いた。 「おら、雑誌とか置きっぱじゃねーか。っつーかこれ読んでんの?読んでねーなら捨てんぜ」 「……」 一点を見つめぼんやりしている俺の目の前に、ヒラヒラと手が動かされて、ぱちくり目を見開く。 ゆっくり顔を上げれば、呆れた友人の顔が目に写った。 「ぼーっとしてねぇで、スープ食えよ」 「……うん」 ありがとう、と呟けば「おう」とぶっきらぼうな返事が聞こえた。 友人──周藤(すどう)──も、対面に座りスープとおにぎりをばくばく食べていた。 「お前も食う?おにぎり。一応あっけど」 「……いや、大丈夫」 「言うと思った」 苦笑される。 俺は目の前のスープをスプーンで掬い、一口啜る。 淡いコンソメの味が荒れきった胃に優しく染み渡る。 けれどすぐ吐き気に襲われ、目を瞑った。 「駄目か」 落胆したような周藤の声に、俺はゆっくり目を開けて小さく「……ごめん」と呟いた。 「……いいよ、って言ってやりてぇとこだけど、何も食えねぇのはやっぱ何とかしねぇとなぁ」 もう半年、まともな食事が出来ていない俺の体は痩せ細って貧相だった。 食生活が狂い、不眠症になり、自律神経は狂って精神も体も絶不調そのもので、発情期もぴたりとこなくなってしまっていた。 「なあ。いい加減病院行かねぇ?」 ぼんやり目に写す友人の顔には心配の色が浮かんでいる。 テーブルの上で手を組むその左手には銀色の指輪が光っていて、こいつが新婚だった事を思い出す。 「……周藤、もう帰っていいよ。俺、1人で平気だから」 「どこがどう平気なんだよ」 「でも、奥さん寂しいだろ。お前が頻繁に家なんか来てたら」 ましてや俺もオメガなのだ。 オメガの奥さんからしたら気が気でないだろう。 いくら周藤がベータだと言えども。 「アイツからは逆に、様子見てやれって言われてんだよ。同じオメガだから分かんだろ。アルファが居なくなった後のオメガの事」 「でもいい気はしないだろ。それはお前を思って言ってくれてるだけで、俺を思ってるわけじゃないし。それに、……人はいつ居なくなるか分かんないんだから、そばにいれるなら居てあげた方がいい」 半年前に番を亡くした俺の言葉は周藤にとって重かったらしく、何も言わなかった。 自分で言った台詞だったけれど、そのせいでまた吐き気に襲われテーブルに突っ伏した。 もう何日こんな日々が続いているのだろう。 亡くなった番──康祐(こうすけ)さん──が亡くなったのは、半年前。 不慮の事故だった。 事故にあってからは暫くまだ生きていた。 だから、後遺症は残れど、呼吸までは止まらないと思っていた。 それなのに、事故にあって1週間後、康祐さんは呆気なくこの世を去った。 「おい、大丈夫かよ」 「……す、どう」 亡くなった日のことが鮮明に頭に過り、心臓がばくばく激しくなって、血の気が引いていく。 手足が冷たくなって、体が震えだす。 「……ご、め、……っ」 「大丈夫。大丈夫だ」 優しい体温に包まれ、しっかりと抱き留めてくれる。 けれどそんな体温は、今の俺にとって嫌悪でしかなくて、思わず腕を振り払ってしまう。 「いてっ」 「……っぁ、ごめ……っ」 振り払った時、手の甲が周藤の口の端に当たり、血が滲んでしまった。 その血も恐怖でしかなく、ごめんなさい、とポロポロ泣きながら周藤に手を伸ばす。 周藤はその手を握り、「大丈夫だ」とまた強く抱き締めてくれる。 「なあ要。やっぱり病院に行こう」 「……、」 「診てもらった方がいい。俺だけじゃ、情けねぇが力不足だよ」 「そんなことない……おれが、わるい……ごめ、……」 「お前は何も悪くねぇ。だから謝んな」 出会った頃から優しい周藤は、今も優しい。 その優しさに甘えてしまう俺は、本当に駄目な人間だな。 「病院行こう、要。カオリに聞いてみるよ、アイツも体弱くて通院してっから。オススメの病院がねぇかさ」 「……」 一緒に生きよう。 周藤が伝えてくれる前向きな言葉は、今の俺にはただの呪いでしかなかった。
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