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次に目を開けたとき、視界に写ったのは見覚えのない白い天井。
左腕に繋がる点滴に、消毒液のにおい。
どうやら俺は倒れて寝かされているらしい。
喉がズキズキ痛み、目も擦ったのかヒリヒリする。
体は倦怠感に包まれ、まぶたも重い。
暫くぱちぱち瞬きしていると、カオリさんが顔を覗かせた。
「要くん、起きた?」
穏やかな笑顔の可愛らしい彼女は安心したように俺の頬を僅かに触れた。
「気分はどう?」
喉が痛くて声を出したくなくて、俺は少しだけ首を縦に動かす。
本当は怠くて仕方がない。けれど、そんな事を言ったら本当にこのまま入院になってしまいそうで嫌だった。
「分かった。じゃあ先生呼んでくるね、待ってて」
え、先生?また?
いやそりゃそうか。
またあの人と話すのかと思うと陰鬱な気分になった。
暫く天井を見つめて待っていると、白い白衣を纏った先生が颯爽と歩いてきて俺の横に立った。
「気分はどうですか?」
「……すみません」
先生は暫くじっと俺を観察した後、カオリさんに目を向けた。
「周藤さん。美澄さんの家に住み込みで面倒見ることは可能ですか」
「え?」
えっ、と思ったけれど、掠れすぎて声は出なかった。
その代わり目を丸くして先生を凝視する。
「たしか、旦那さんとはご友人なんですよね?だっなら交代制でもいいです。美澄さんの薬や食事など、生活の管理をしてあげられますか」
「ちょ、ちょっと待って、先生」
俺は思わずタメ口で止めに入る。
何を言い出すんだこの人は。
「おれ、ひとりでだいじょうぶです。だから、カオリさんとかは関係ないです、平気です、ほんとに」
そう言うと、先生は険しい顔で俺を見る。
「美澄さん。今の貴方は思った以上に他人が居なきゃ立てない状態ですよ。そんな貴方に2週間分の薬を渡したら、例え弱い胃薬だとしてもどんな飲み方するか気が気でないです。ODされたら余計に」
そうは言っても、だからといってカオリさん達に迷惑かける訳にはいかない。
どうにかして説得しなければ─……
「私たちは多分かまいません。旦那も賛成すると思います。どう?要くん」
カオリさんは俺の顔を覗き込み微笑む。
でもやっぱりそれは嫌だった。
だって、大切な人と過ごす時間は限られてる。
じゃまなんてしたくない。
「……本当に大丈夫だから、カオリさん」
「そんな、駄目よ。先生がこんなに言ってるんだもの」
「それでも!俺は平気だから」
強く言い切ると、先生は冷淡に「美澄さん」と呼んだ。
俺はきっと睨みあげて先生に口を開く。
「大切な人と、過ごせる時間を邪魔なんてしたくないんです。それに俺は本当に大丈夫ですから、先生の言う通りにします」
先生は俺を見つめて、僅かにため息を吐いた。
「……分かりました。なら私と約束してください」
「……はい」
先生は人差し指を立てる。
「ひとつ、薬を飲む感覚や食事の感覚を取り戻すため1週間は入院すること」
え。
「ふたつ、7日後、嘔吐癖が緩和されていて尚且つ入眠がスムーズに出来るようになっていること」
……。
「みっつ。丸々7日、私の診察と精神科で私と組んでいるカウンセラーとのちょっとしたカウンセリングを1日1回必ず受けること」
カウンセリング。
「これを約束してくれますか」
先生はみっつ指を立てて俺に顔を寄せた。
「……わかり、ました」
こういうしか、無いだろう。
こうして俺の、1週間の入院生活が始まった。
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