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そのままで、いいんですよ……
後ろで誰かが、そう言った。
「大丈夫ですよ! そのままで……」
えっ……
その瞬間だった。私の抱えていた苦しみが、サァーっと消えた。
そうか、何も難しいことじゃないんだ。私は私。自然体のまま、そのまんまでいいんだ!
私は、そう気付かされた。
声がした方を振り返る。お店の店員さんが、微笑みながら立っていた。そしてテーブルに溢れた私の大量の涙を、優しく拭い取ってくれた。
雨はすでにあがっていた。
なぜかいま、すごく幸せな気持ちになっていた。この気分のまま、帰ることにしよう。
お会計のとき私は、あの店員さんにお礼を伝えた。
「あの……そのままでいいんですよ、という言葉に、すごく救われました。ありがとうございました!」
「お洋服、大丈夫でした?」
「は?」
「グラス倒されて、テーブル濡れていたので……」
あ……
そうか、私ったら……ただの酔ッパライだったことに気付いた。
でもなんか、すごく嬉しかった。私、あの店員さんに恋しちゃったのかな……
新しい恋に出会った気分で、私は店を後にする。
雨あがりの舗道には、あちらこちらに水溜りができていた。
前から車が来る。
パシャッ……
車に轢かれた水溜りは一瞬濁り、そしてすぐ元に戻った。
その水面には、街のネオンが映っている。ワインレッドのネオンの色が、なぜか心に沁みる夜だった。
ー終ー
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