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石動ミオ
翌朝、昨夜の嵐が嘘のように朝焼けが綺麗だ。まだ石動ミオはフカフカのベッドの上で夢うつつでいた。
愛しの九鬼神天真と夢の中でデートをしているとヤケに廊下が騒がしい。
誰かが早朝から大声で怒鳴っているようだ。
『おおォォい! やべェんだよ。クッキー。起きろよ!』
夜が明けたばかりだと言うのに、九鬼神天真の部屋のドアをしつこく何度もノックして喚いている。
隣りのミオの部屋まで聞こえてくるので、よっぽどのことだろう。まるで大惨事でも起こったみたいな振る舞いだ。
ここは都心から一時間あまりの神奈川県神倉市にある住宅街。
神倉市は山と海に囲まれ、自然豊かなリゾート地として有名だ。
その住宅街の中でもひと際、大きな邸宅があった。まるで老舗旅館のように広大で、部屋数も多い。
九鬼神天真の邸宅だ。武家屋敷といった趣きで荘厳という言葉がピッタリくる。ワケあって石動ミオは彼の邸宅に厄介になっていた。
一応シェアハウスなのだが、家賃も払ってないので居候に近い存在だ。
ただいまミオの財政は破綻状態と言っていい。
引っ越した先で、次々と忌まわしい事件が起きるので引っ越し代金だけでも相当の負担だ。わずかばかりの貯金も底をついてしまった。食費にも事欠く有様だ。
しかし家主の九鬼神天真は優しい。困っているときはお互い様と言って咎めることはない。食事の面倒もみてくれていた。
まさに露頭に迷ったミオの救世主だった。
『おい、起きろよ。クッキー! ヤバいんだよ。マジで!』
相変わらず、廊下で男が喚いてドアを叩いている。
「うッううゥン……」思わず唸ってタオルケットを頭からかぶった。まったく朝早くから煩くて仕方がない。
この声は間違いなく聞き覚えがあった。自称ホラー作家の城ダンの喚き声だ。小説よりも彼の存在自体がホラーといって良い。
おそらく徹夜で売れないホラー小説を書いていたのだろう。
作家とは名ばかりでどちらかと言えば、お笑い芸人のような容貌だ。城ダンと言う名前通り、ジョークばかり言っている。
イケメンと言えなくもないが、下品なサル顔でとんでもない髪型をしていた。
真っ赤なモヒカン姿だ。さすがにサイドは刈り上げていないがビジュアル系バンドのようなヘアスタイルだ。
さっきからヤバいと言ってるが、どうせ彼のことだ。下らない話題に決まっている。
推しの美少女アイドルがどっかの担当マネージャーとくっついたとかいうスキャンダルの類いに違いない。
『おおォい。クッキー! 頼むよ。起きてよ』
なおも諦めない。自己チューで他人の迷惑など顧みないタイプだ。
堪らず九鬼神天真も起き上がってドアを開ける音が聞こえた。
『ぬうぅ……、うるさいな。ジョー! 何時だと思っているんだよ』
文句を言って追い返そうとした。
さすがにいつもクールな九鬼神天真もご機嫌斜めのようだ。言葉にトゲがある。
『おはよ。ヤバいんだよ。早く行こうぜ。クッキー!』
まるで小学生が早朝から昆虫採集に誘うような口ぶりだ。
『バカなのか。お前は小学生か。朝っぱらからどうした。どっかから飛んできたノコギリクワガタでも捕まえたのか?』
クッキー様こと九鬼神天真が煩わしそうに応えた。気持ちは痛いほどわかる。
『いやいや、マジ、ヤバいンだって。ホラー現象だよ。ほら見てみろよ。『666』さァ』
どうやら城ダンはスマホの画像を見せているみたいだ。
『えッ、『666』……?』
なんだろう。『666』ッて。
この時は、まだそれほど『666』と言う数字も浸透していなかった。
のちに日本じゅうを震撼させることになる。『666』は、獣の数字だ。
『ケッケケ、そうだ。寂しがるからミオも連れて行こうぜ』
勝手に城ダンはミオのことを呼び捨てにしている。彼氏でもないのに。
初対面の合コンからヤケに馴れなれしく接していた。
出来ることならば九鬼神天真と二人だけでこの邸宅で暮らしたいのだが、いつも城ダンが邪魔をして困っていた。まったく空気を読まないヤツだ。
『おおォい、ミオ! 起きろよ。ホラー現象だ! 地球滅亡のメッセージなんだ!』
今度はミオの部屋のドアを叩き、わめき立てた。
「ううゥ……、なにが地球滅亡だよ」
なんて大ゲサなヤツだ。
いつの時代の戦隊ものなのか。地球滅亡なんて時代錯誤も甚だしい。
「ッたく、ッるさいなァ。城ダンの頭の方が、よっぽど恐怖だろう」
ミオは耳を押さえ独り言のように愚痴をこぼした。
『よォ、早く起きないと置いていくぞ』
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