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私、井上京子ですか?
私は泣きながら喜んだ。
鏡に映る私を見て。
鏡の中の私は不幸なはずなのに。
つくしが山のように生い茂るこの芝生の上に私は座り込んだ。
私は幼い頃から自分自身の顔にコンプレックスを感じている。
一重で垂れ下がる目、鼻は父親譲りの正三角形、
眉毛から顎までの距離は長く、自分なりに工夫はしているがハッキリ言ってブサイクだろう。
毎日朝鏡を見ては嫌になる。
それを朝のパンと牛乳で押し流し会社に向かう。
その会社でのストレスが溜まり鬱になりかけていた私は四日間の有給休暇をとり、天橋立という観光名所にやってきた。
天橋立では展望台に登って自分の股の間から顔を出し空と海を見ることによって空が海に、海が空に見えるという「股のぞき」を一度してみたかったので来てみたが、実際にやってみると海は海だし、空は空だった。
私は「股のぞき」を試したいからこの地に足を運んだのに気づけば住宅街の端っこにある畑の近くの芝生の上にしりを下ろしていた。
私は、私のリサーチ不足なんだなと思い、落ち込んでいた。
せっかく有給を四日もとったのにあとの三日どうしようか悩んだ。
私はとりあえず近くにあったラーメンが売ってある自動販売機の前に行った。
そこでカップヌードルを買い麺を啜りながら観光名所を探していた。
そして、天橋立は天照大御神との縁が深い場所としても知られていることを知り近くの神社に向かった。
私は家庭の事情で神社には一回も行ったことがなかった。
私はワクワクしながら鳥居の真ん中をくぐり抜けた。
その時心臓が震えるような怖さと、それと同時に神秘的な何かを感じた。
目の前には狛犬?のようなものがあり睨まれているように見えたので何となくお辞儀をした。
私はお願いをした。ただ、ただ、幸せな日々をお願いした。
その時自分の足元の近くにあった水たまりを見ると醜い顔が写っていたのでこの顔を好きになれるようにということもお願いした。
そして私は旅館に向かった。
その旅館は100年以上前からある旅館でレトロというより古臭いように思えた。
2008年のヒット曲が収録された太鼓のゲームや、誰も欲しくない人形が入れられたUFOキャッチャーの横に1台の大きなVRゲームがあった。
私は少し興味が湧いたので旅館の女将に聞いてみた。
そのゲームはどうやら貸出用らしく一回3000円も取られるらしい。
女将が申し訳なさそうに言ってきたため、私はお金に余裕が無い人だと見下されているような気がして、カッとなりそのVRを借りた。
そして部屋に戻りVRをつけた。
初めて体験するVRに私は少し緊張していた。
私の前に大きな文字が現れた。
田中健二、吉沢涼太、糸井真帆、井上京子
私はなんのことかさっぱり分からなかったが、女性のキャラなんだろうと思い糸井真帆を選択した。
そのゲーム5分ほどをプレイしてみて分かった。このゲームは糸井真帆の人生を体験出来るゲームということが分かった。
私、いや、糸井真帆は鏡の前に行った顔はそこそこの女性だった。
そして自分の会社の前に行って上司を殴ってみたり、普段自分の体では出来ないことを好き放題した。
10分が経つとゲームは終わった。
私はこの快感がたまらなく他の人も試したいと思った。
すかさず9000円を払い他の3人も試して見ることにした。
田中健二は2人の子供がいる男性で私と同じく会社でストレスが溜まっている人だった。
彼は大阪の牧落というところに住んでいる男で、そこそこの給料はあったみたいだ。
でも私はこのゲームで死んだらどうなるのか、私が鬱になりかけている時電車に身を投げようとしたことがあったが実際にしてみたらどんな気持ちなのか、という悪い考えをしてしまった。
私は田中健二の身体を借りて身を投げてみた。
近づいてくる電車に恐怖を覚え一瞬で真っ暗になりGAME OVERの文字が現れた。
気持ちがわかってほっとした、あの時身を投げないで良かったと思った。
次に私は吉沢涼太を試してみた。
吉沢涼太はどこにでもいる男子中学生だった。
中学時代出来なかったことを沢山した。
友達とカラオケに行ったり、屋上ではしゃいだり、好きでもない子に告白をしてみたり、私は吉沢涼太になりきっていた。
私は幸せな時間だなぁとも思わずにただただ吉沢涼太だった。
そして時間が来た。
吉沢涼太のプレイ時間は30分を超えていた。
私は人によって時間が違うのかなんて思っていた。
次に井上京子を試してみた。
井上京子はとても美人な女で京都大学出身のハイパーエリートな塾講師だった。
私は鏡に映る自分が美しく戸惑った。
けど、「これが私なんだ」何となくそう思ってしまった。
井上京子は大阪の箕面というところに住んでいる人で、まだ実家暮らしというのもわかった。
私は教えれるか心配になりながらも塾講師の仕事をしに石橋阪大前駅まで向かうことにした。
初めて見るような化粧品ばかりで少し時間を取られたが塾には間に合った。
塾に着いて小学生相手に物事を教えた。
男の子も女の子も必死に勉強する姿に関心していた。
すると、男の子が口を開いた「今日の先生、なんかいつもより、喋らんなぁ」と。
女の子は「先生しんどいん?先生しんどかったら病院行きや!」と。
子供は素直だなと思った。
私はしんどくないよと優しい口調で言葉を返した。
それと同時に井上京子の中身が私ということがバレたらどうしようという焦りが出ていた。
夜10:20分私は帰りの電車を待っていた。
人身事故の影響で電車が遅れた見たいだった。
はぁと溜息をつきベンチに腰掛けた。
親の情報を分かっているとはいえ、本当の親では無いから迎えに来てなんて簡単には言えなかった。
そして少し違和感に気づいた。
私は糸井真帆の時に私の上司を殴ったのだが、なぜこの世界に私の上司がいるのか。
そして田中健二の時は牧落駅で身を投げたのだがこの目の前で起こっている人身事故は桜井、牧落、箕面駅の三択で起こった人身事故である。
私は恐れた。ゲームだと思っていたこの世界が現実、またはゲームの世界同士とリンクしているのではないかと。
私はとても恐れた。
顔は遺体のように真っ白になった。
だが、微かな希望が芽生えた。
次の日朝早く家を出て梅田に行った。
私は天橋立行きのバスに乗った。
バスの窓に映る私は美しかった。
でも、嫌だった。
自分なりに自分自身に愛情があったとその時わかった。
宮津駅前に降りた私はフェリーに乗り、股のぞきの方に足を運ぼうとしていた。
船に乗っていると急な腹痛がきた。
私はここでもし、我慢できなければと焦っていた。
だが、焦る私に違和感を覚えた。
なぜ、井上京子でもない私が焦っているのか、私は井上京子を演じてたのに、これじゃまるで井上京子が私を演じてるように思えてしまった。
だんだん逆転し始めていることを悟った。
私は急いで旅館に向かった。
私の部屋には私が居た。
私はVRを外そうとするも外れない。
こんなことは普通ないと思い、考えた。
まさかとは思った。
私は急いで旅館を出て「股のぞき」をしに行った。
海が空に見えて、空が海に見えた。
いや、見えてしまった。
私は涙が止まらなかった。
私は恐らく、井上京子になっていたのだ。
私は急いで神社に向かった。
私は走った。
鳥居の角をすぐに曲がり、狛犬に目を合わせる暇もなく。
そして、私はお願いをした。
私が私に戻れるように。
私はその時、自分自身の姿を誰よりも愛した。
自分の真下にあった水たまりには井上京子が映っていた。
ここでゲームのプレイ時間が終わった。
どこからが現実でどこからが空想なのかは分からない。
私は泣いた。
震えが止まらなかった。
生まれたての赤子のように声を荒らげて泣いた。
二日目私は家に帰った。
誰もいない一人暮らしの家に。
私は泣きながら喜んだ。
鏡に映る私を見て。
鏡の中の私は不幸なはずなのに。
それは井上京子では無い喜びではなく、私が私でいられる喜びだった。
月曜日私は牛乳とパンを押し流し会社に向かった。
不審者に襲われて怪我をした上司が尋ねた。
「四連休は楽しかったかい?」と。
私は答えた。
私、井上京子ですか?
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