白峰澄也は正しく生きたい

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 目を開けていられないほどの強風とともに、巨大な鳥が窓から飛び込んでくる。気ままな羽ばたきで物という物をなぎ倒した真っ黒な鳥は、何かを訴えるかのようにガアガアと喚きながら、一直線に澄也の元へと向かってきた。 「危ない!」  誰かが叫ぶ声がする。けれど澄也の耳には届かない。鳥の魔物の声があまりにうるさくて、人の声など聞こえていなかった。 『ずるい。小僧、ずるいぞ』   「……ずるくない。いたずらするな。出て行け」    目の前に巨大な鳥が迫ったタイミングで、そっと澄也は呟いた。大きな瞳に不満をありありと浮かべた黒鳥は、鼻で笑うように一際高く鳴くと、くるりとその場で旋回する。 『守られてさえいなければ喰ってやるのに』 「俺は白神様のものだ。喰わせない」 『……つまらない!』  身の毛がよだつような耳障りな声で数回鳴いた黒鳥は、澄也が目を細めるのを合図にしたかのように、窓の外へと逃げて行った。  沈黙が落ちる。ややあって、詰めていた息をほっと誰かが吐き出す音がした。   「……やばくねえ?」 「な、なに、今の……」 「魔物……? 校舎の中に来るなんて」    あまりにタイミングよく起こった不可思議な現象に、誰もが動揺していた。強張った空気の中に、淡々とした少年の声が響く。 「『ずるい、ずるい』」    窓の外を見つめたまま、澄也がぽつりと呟いた。 「え?」    澄也は周囲の動揺に気づかない。飛び去って行った黒鳥が残した羽を眺めながら、澄也はただ、聞いたばかりの言葉を分かりやすく言い換えた。 「『外はこんなに暑いのに、お前たちはずるい』って。だから必要なとき以外、窓を開けるなって先生たちは言うんだ」  生徒たちからしてみれば、安全なはずの場所で、恐怖を感じる間もなく起きたとんでもない出来事だった。  けれど魔物の声が聞こえる澄也にとっては違う。窓から這い寄ってきた黒い魔物が、八つ当たり交じりに大きな翼を羽ばたかせて室内を一周したという、ただそれだけの出来事だ。幼いころから異形の言葉に慣れている澄也にとっては、いちいち驚くことでもなかった。 「決まりを破るからこうなる」    不機嫌を滲ませてそうぼやきつつ、澄也は窓から視線をはがす。そうして気分を切り替えるように軽く首を振ると、先ほどの反論の続きを口にしようとした。   「俺は嘘なんてつかない。神社に行っているのだって、俺が行きたいからだ。親とか頭とか、関係――」  言葉の途中で澄也は口をつぐんだ。  先程まで教室に溢れていた囁き声が消えていた。静まり返った教室の中で、強張った視線だけがちくちくと澄也の肌を刺す。単なる弱者を見るだけだった目が、異物を見る目に変わっていた。自分を囲む空気が冷たさを増したことに、澄也はようやく気がついた。    ――ああ、まただ。    何がいけなかったのかは分からないけれど、何かを間違えてしまったことだけは澄也にも分かった。  どうしていつもこうなるのか。澄也はただ、理不尽に仕事を押し付けられている人を助けたいと思っただけだ。嘘をつきたくなかっただけだ。それなのにどうして。  尻もちをついたまま顔を引きつらせた澄也の前に、健がそっとしゃがみ込んだ。凍りついた空気の中で、健だけは何も気にしていないかのように、不機嫌そうな笑みを浮かべていた。 「相変わらずうぜえなあ。そんでどうしようもない大馬鹿だ。気味の悪い神社に通って、鼻につく正論ばっかり言う。だからこうなるんだって、いい加減学習しろよ。引っ込んでろ、バカスミヤ」  健が立ち上がったのをきっかけに、クラスメイトたちもひとり、またひとりと澄也から視線を剥がしていく。澄也が庇ったはずの生徒でさえ、見てはいけないものを見てしまったとでも言うように目を背け、逃げるように教室から出て行った。  がらんどうの教室を見て、澄也はこらえきれないため息をそっと零した。    澄也はいつもうまくできない。
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