白い鬼は楽しく生きたい

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「なんだってこんな古小屋に泊まりたがるんだか。物好きな子だ。寝床に帰って寝た方がずっといいだろうに」 「ここは落ち着くんだ。静かだし、白神様がいるし」    白神様に話したら少し気が楽になった。目を閉じた澄也は、小屋の中に薄らと漂う甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。 「においも好き。木と桃の香りがする」 「庭に生っているからねえ。食べたければ持ってお帰り」 「いい。今日はもう食べた」  いつからか神社の裏庭に生えていた桃の木は、年中甘い実をつける。仙桃という特殊な種類の桃らしく、健康にいいのだと言って、白神様は毎日のように澄也に桃を食べさせてくれた。嘘か本当か知らないけれど、澄也はめったに風邪を引かないので、本当かもしれない。  落ち着く桃の香りを堪能していると、澄也の真似をするように、白神様もすんと鼻を鳴らす。 「坊だっていい香りがするよ」 「そう?」  自分の腕を匂ってみるが、せいぜい今しがた食べたばかりの料理の香りがするくらいで、匂いというほどの匂いもない。澄也は首を傾げたけれど、白神様は含みのある笑顔を深めるだけだった。   「おいしそうな香りだ。ヒトの子の成長は早いねえ。日に日に薫り高くなる。坊が大人になるときが楽しみだよ」 「うん……?」  うっそりと呟かれた言葉の意味は分からない。白神様はときどきわけの分からないことを言うのだ。難しい顔をした澄也に笑いかけたかと思えば、白神様はわしゃわしゃと犬にするように澄也の髪をかき回した。 「うわっ、やめてよ!」 「坊の髪は撫で心地がいいんだよ。ふわふわしているから」 「撫でるっていうか、かき回してるじゃないか!」  ぶつくさと文句を言いながら頭を庇っているうち、ふと澄也は聞きたかったことを思い出した。   「そうだ、白神様。空手とか柔道とか、なんか知らない?」  白神様は普通のことこそ知らないけれど、澄也が知らないことは大抵知っているのだ。知りたいことがあるときは、本を読むより、先生に聞くより、白神様に聞いた方が早い。   「空手? 柔道? なんでまた、そんなことを知りたがるんだい」 「突き飛ばされただけなのに尻もちつくほど吹っ飛ばされて、悔しかった。鍛えようと思って」 「ふうん。喧嘩の仕方でよければ知らないことはないけれど、坊は体が小さいからねえ」 「チビ扱いしないでくれよ! まだ成長期が来てないだけだ」 「……そうかい。来ると良いねえ、成長期」  生暖かい眼差しを向けられて、澄也はふてくされたように唇をへの字に曲げた。   「教えてくれないならいい。走るから」 「え?」 「走って鍛える。また同じことがあったとき、やられっぱなしになるのは嫌なんだ」  鼻息荒く言い放つ。ぽかんとした顔で澄也を見た白神様は、次の瞬間吹き出すように笑いながら、澄也の肩を叩いた。 「何で笑うんだ」  澄也の抗議の声にも取り合わず、白神様はただ楽しそうに笑っていた。
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