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ひとしきり喉を鳴らして笑った後で、白神様は意地悪く唇の端をつり上げながら澄也を見る。
「お前を馬鹿にした者たちを消してほしい、とは願わないのだね、坊は。痛くて悲しい思いをしただろうに。お前が望むならば、何だって叶えてあげるよ?」
耳に心地よい声で投げかけられた言葉を、疑問には思わなかった。澄也に起きたことを知っているかのような白神様の口ぶりも、残酷な言葉も、聞くのはこれが初めてではなかったからだ。
「俺は突き飛ばされただけだ。ならそれ以上の仕返しはしちゃいけないと思う。第一、白神様に頼んだら意味がないじゃないか。自分のことは自分で頑張るよ」
「眩しいことだ。お前のそういうところを気に入っているよ」
低く呟かれた白神様の声は、まるで別人のように冷たく聞こえた。けれど澄也が首を傾げる間もなく、活を入れるように背中を軽く叩かれる。背筋が伸びる小気味よい衝撃とともに、澄也が抱いた違和感はすっかりと吹き飛ばされてしまった。
「坊ならできるよ。応援している。だけど何かあったらいつでも言いなさい」
向けられたひだまりのような微笑みに、自然と澄也は歯を見せながら笑い返していた。白神様は澄也の唯一の友人であり、血のつながった家族よりも近しい存在であり、教師であり――そして、誰より大切な神様だった。
白神様の言葉は、澄也にとっては暗闇の中の光のようなものだ。まっすぐに育てと言ったのも、己が正しいと思うことをすればいいのだと背中を押してくれたのもこのひとだ。白神様が澄也ならできると言ってくれるその言葉は、何より心強く思えた。
「ありがとう、白神様」
「どういたしまして。さあ、日が暮れる前に寝床へお帰り。しっかり眠って、大きくなるんだよ」
「うん。それじゃあ、また明日!」
「はいはい。また明日」
手を振りながら歩き出す。優しい視線を背に感じながら、澄也はヒビの入った鳥居をくぐり抜けて行った。
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