白い鬼は楽しく生きたい

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 小柄な客人が姿を消すと同時に、白鬼はだらしなく足を崩し、喉を鳴らして笑い出した。  とたんに先ほどまでの柔和な雰囲気は消え失せる。清廉にも思えた気配はなりを潜め、彼本来の怠惰で淫らな雰囲気が前面に出た。    気だるげな動きで、白鬼は己の足をひと撫でする。着物の端からのぞくたおやかな足首には、真っ白な肌に似つかわしくない、どす黒い痣が刻まれていた。鎖状にも見えるその痣は、間近で見れば細かな文言の羅列であることがひと目で分かる。  それは罪人を戒め、動きを制限するための術式だった。仕掛けられた当人には解くことができず、年々その身を侵食していくたちの悪い代物だ。けれど、上機嫌に笑う白鬼には、痛ましいその跡を気にする様子はかけらもない。 「坊。坊。かわいい澄也」    うたうように白鬼は言葉を紡ぐ。  白鬼を神と慕う子どもは、いっそ気の毒になるほどまっすぐに育っていた。ままごとのような穏やかな時間も、出会った時から変わらない白く清らかな魂の芳香も、白鬼を楽しませてやまない。あまりに毎日楽しいものだから、術を刻まれ、鳥居の外に出ることさえできなくなった己の状況など、とうにどうでもよくなっていた。    白鬼は美しいものが好きだ。楽しいことが好きだ。気持ちのいいことが好きだ。うまいものが好きだ。待たされるのは大嫌いだけれど、待つこと自体は苦にならない。今の状況もたまらなく楽しいけれど――待って待って待って、そうしてようやく熟した清らかな魂を、手塩にかけて整えた肉体ごと食べたら、どれほど満たされることだろう。考えただけで胸が高鳴るようだった。  ひそやかな笑い声は、やがて吐息をひとつ残して消えていく。 「……清らかなまま大きくおなり。芳しい魂に見合う器が育つまで」  暗い熱を孕んだ声がひっそりと空気を震わせる。袖に隠された鬼の唇は、酷薄に歪んでいた。 「あと何年かな。ああ楽しみだ。お前の肉と魂は、どんな味がするんだろう」  弧を描いた唇の端からは、鋭い牙がこぼれ見えていた。
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