白峰澄也は正しく生きたい

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白峰澄也は正しく生きたい

 白峰澄也(しらみねすみや)は融通が利かない。決まりを破るのは許せないし、道理が通っていないことは我慢できない。嘘をつくなどもってのほかだ。  なぜならそれは『正しく』ないからだ。  そんな澄也の生き方は、当然ながら周囲とぶつかることが多かった。   「うぜえんだよ。空気読めよお前」  突き飛ばされたのだと分かったのは、派手な音を立てて机にぶつかった後だった。尻もちをついて倒れた直後、ぴしゃりと何かが顔に当たる。額に張り付いた冷たいそれは、つい先ほどまで澄也が使っていた雑巾だった。無様に突き飛ばされたあげく、頭に雑巾を被った澄也は、よほど間抜けに見えるらしい。くすくすとさざめくような笑い声が教室中に広がった。  ――どいつもこいつも。  きっと周りを睨みつけながら、澄也は声を張った。 「空気ってなんだよ。俺はただ、なんでひとりに全部押し付けてるんだって聞いただけだ」 「あーあーあー! だからそれがうぜえんだって」  澄也を突き飛ばした犯人である黒瀬健(くろせたける)は、わざとらしく耳を塞いで声を上げた。 「こいつがやりたがったからやらせてあげてんの。そうだよなあ?」  矛先を向けられた小柄な男子生徒は、健の言葉に頭を押さえつけられたようにうなだれた。勝ち誇ったように健は笑みを深める。 「ほらな?」 「意味が分からない。もしそうだったとしたってダメだろ。全員でやらなくちゃ。仕事なんだから」  澄也がそう言った途端、げらげらと弾けるような笑いが教室中に響き渡った。 「『仕事なんだから』!」 「委員長かよ」 「ばっかみたい」  誰かが飛ばした紙人形が、澄也をからかうようにふわりと纏わりつく。かと思えば、次の瞬間には鮮やかな炎となって消えていく。くすくすと笑う声に合わせて、神秘的な青色の光が床を這い、何度も澄也の肩を小突いては逃げて行った。  怪奇現象かと思うような現象も、子どもたちにとっては当たり前の光景だ。この地で生まれ育つ人間のほとんどは、魔物を見る力を持っている。魔を見て魔を祓う力を持った人間しか、この学校には存在しない。    騒がしさを増した生徒たちを止める者はいない。田舎の片隅にあるこの特殊な中学校では、序列が絶対だった。  強い者は偉い。偉い親の子どもは偉い。運動が得意なもの、賢いもの、きれいなものも偉い。まわりを楽しませることができるものも偉い。周りに合わせることができるものは平和に生き抜くことができる一方で、弱いものは遊び混じりに痛ぶられ、暗黙の序列を無視したものは、制裁を受ける。  忌々しいことに、それらはすべて、ボス猿の気分ひとつで決まるのだ。クラスのボス猿こと健は、にい、と嗜虐的に唇を歪めた。 「いつもすみっこにぼっちでいるくせして、相変わらずこういう時だけいい子ちゃんだよなあ、スミヤ」  『すみ』を強調した健の独特なイントネーションは、聞くだけで澄也を苛立たせる。   「正義のヒーローになりてえってか? 無理だろ。親に見捨てられるようなやつには」  「見捨てられる? なにそれ」  きょとんとした声で入れられた合いの手に、我が意を得たりとばかりに健は片眉を上げた。 「知らねえの? こいつんち、父親出てって母親しかいねえのに、その母親が家に帰ってこねえんだよ。飯も服も貰えねえ。家帰っても置いてあるのは金だけだ。そうだろ、スミヤ?」 (中学に入ってから金もなくなったよ)  馬鹿正直にそう言えるほど澄也は自虐的ではなかった。  いわゆる幼馴染というものは、これだから嫌なのだ。教えていないことまで知っている。今となっては遠い記憶だが、小さなころには毎日のように遊んでいただけあって、健は澄也の家庭事情まで知っていた。 「えー、かわいそう。なんで?」 「こいつ、魔物の声が聞こえるって嘘ばっかり言うんだ。やれカミサマがそう言っただの、やれ黒いかまいたちが笑ってるだの気色悪いことずーっと言ってるから、母親にも気味悪がられてやんの」 「俺は本当のことを言ってるだけだ!」  噛み付くように言い返せば、健は笑みを深めた。 「ほらこれだ。どこに喋る魔物なんているってんだよ、嘘つきスミヤ。そんなに構って欲しいのか? 毎日毎日憑りつかれたみたいにぼろい神社に通ってんのだって、頭おかしいのを直せってママに言われたからだろう?」 「聞こえるものは聞こえるんだから仕方がないだろう。どこにって言うなら、今だってほら……そこで叫んでいる」  澄也が言い終わるよりも早く、悲鳴が上がった。
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