4月

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4月

田口君。お返事ありがとう。田口君との文通できることが、他の女子たちに秘密を持ったみたいで、私は勝った気がしています。なんだか利用したみたいでごめんなさい。春休みが終わって、私はまた嫌な女子たちと同じクラスになってしまいました。最悪に悲しいです。そういえば、田口君は小説をよく読むんですか? 私はそういうのはよくわからないんですけど。でも、読んでみたいって思っています。何かおすすめの本はありますか?  矢野サナ *** 矢野さんへ。観念しました。僕の負けです。すっかり暖かくなりましたね。僕も新しい学校で戸惑う毎日です。高校生で途中からの転校生って、とても異質なようで、友達は当分できそうにありません。しばらくは図書室に引きこもっていようかと思っています。おすすめの本と言われて、色々読み返してみていたんですけど、僕のおすすめは【若きウェルテルの悩み】です。この本の著者はドイツのゲーテという人で、この本が出た当時は、それはとても人気だったらしく、本の内容を真似して自殺する人が出るくらい人気があったらしいです。あ、軽くネタバレですね。でも、よかったら読んでみてください。 *** 本の紹介ありがとう。早速、読みました。難しい本で、私にはまだ早かったみたいです。田口君は私の思っていた以上にすごい知識のある人だったんですね。知りませんでした。田口君との文通だけが今の私の生きがいです。学校では、相変わらず、女子たちは嫌味の言い合いです。よく飽きないものだと思います。ずっとずっと。続いています。いっそみんな死ねばいいのにって、思ってしまいます。あ、不謹慎でした。ごめんなさい。 *** 田口です。本、難しかったですか? ごめんなさい。手紙が小説になっているというのが面白いと思ったんです。それはさておき、矢野さんのいじめは続いているのですか? 少し、いや、結構、心配しています。矢野さんは突拍子もないことをする人だけど、悪い人じゃないと思うので、きっと理解してくれる人が現れると思います。それまでは、まあ、僕とか、つなぎで誰かとつながっていればいいのではないかと思う次第です。それでは。また。 *** 心配かけてしまったみたいでごめんなさい。私は元気です。いきなりですが、田口君。これからは、トオル君と呼ばせてください。親愛をこめて。トオル君と私だけが呼ぶのは卑怯なので、私のことはサナと呼んでください。呼び捨てで大丈夫です。それでは。また。追伸、パンとご飯だったらどっち派ですか? *** 名前を呼ぶなんて、さすがにできません。矢野さんは矢野さんです。呼び捨てとか、そういう問題ではないんです。追伸。僕はパン派です。 *** 私はご飯派です。特におにぎりが大好きです。それにしても、どうしたら私の名前を呼んでくれますか? 今日は嫌なことがあったので遠回りをして帰りました。歩道橋から見上げた夕焼け空の白い月がとてもキレイだったことを書いておきます。 *** いや、だから、名前は呼べません。嫌な事……なんだか矢野さんが大変というのは心配ですが……。でも、名前では呼びませんので。よろしくお願いします。 *** 理由を教えてほしいです。私の日課は、嫌なことがあると遠回りして帰ることなんですよ。覚えておいてください。それにしても最近は月がきれいです。 *** 理由? それは……いきなり親しくなるように見せても、心の距離が近くなければ、結局、意味がないと思うからです。名前を呼ぶって親しみだと思うからです。見せかけの友情とか、矢野さんも嫌いではないですか? 僕は小さい頃から転校を繰り返してきました。そこでは、なんとなくの友達はできましたが、ずっと続く友達というのはできませんでした。だから、こうして、矢野さんと文通できることは貴重だと思っていますし、大切にしたいと思っているので、だからこそ、矢野さんは矢野さんでいきたいです。どうか、理解してくださると嬉しいです。 *** なんとなくですが、わかりました。私が焦っていたのかもしれません。私、いじめられているって話したけど、それは結構ひどくって、無視されたり、教科書なくなったり、机と椅子が校庭に捨てられていたりして。日に日にひどくなってて。それで、最近、学校に行けなくなりました。残念ですが、不登校というやつです。自分がまさかそんなふうになるなんて思ってもみませんでした。小学校の頃は皆勤賞だったのに。人生何が起こるかわかりませんね。なので、外との世界のつながりは、実は、この手紙だけだったりするんです。だから、どうか、私のこと、見捨てないでください。お願いします。
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