3月

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3月

 桜は散るために咲いている。だから美しい。そんな話を聞きました。田口君、さようなら。クラスではあんまり話したことなかったけど。私は君のことをよく知っていました。いつも学校の図書室で本を借りていくこと。借りた本は必ず期限までに返すこと。真面目というか、マメというか、ルールを破れない人というか。それが私の田口君の印象の全てです。田口君が転校するって、東京に行くって聞いて、私、ずっと考えていました。考えた結論は、こうです。私と文通してくれませんか? 住所を書いておきます。静岡の田舎者と言葉を交わすのはおイヤかもしれませんが、いいお返事待っています。 矢野サナ *** 突然のお手紙、拝読しました。正直、困ります。僕は矢野さんとは全然話したこともないし、きまぐれ、悪ふざけかもしれないって、思っています。第一、高校生にもなって文通だなんて、バカバカしいです。だからきっぱり断わらせてもらいます。迷惑です。一応お返事は書きましたが、これは礼儀であって、矢野さんと文通もする気はありません。丁重にお断りします。さようなら。 田口トオル *** 田口君。気の利いたお返事ありがとう。田口君のそういうところ、私は好印象です。決してこれは思い付きの悪ふざけではありません。安心してください。田口君なら必ずお返事くれるって信じていました。さて。ここからが本題です。もうすぐ東京だと思うんだけど、改めて、これから私と本当に文通を始めませんか? 面倒くさいかもしれないけど、手紙って古風で証拠が残る感じがなんかいいな、って思っています。お返事待っています。 矢野サナ *** 矢野さんへ。正直、僕はどうしたらいいか困っています。矢野さんは悪い人ではないとは思うのですが、僕にはいささか不気味に見えます。気を悪くしたらごめんなさい。でも、なんか、証拠が残るとか、そういうのって、どうなんでしょう。僕は昔の小説をよく読みますが、まるでそんなふうに、僕たちの会話が積み重なっていくのかと思うと、なんだか奇妙で、おかしいです。そういうの書簡体小説って言うんですけど。あ、なんだかまとまりがなくなってしまいました。でも、まだ、もう少し考えさせてください。一応、東京の住所、書いておきますが、一応です。 田口トオル *** 田口君。もう文通ですよ、これは。私と話してみるの、意外と楽しいのではないですか? 私は田口君と話せて楽しいです。私の春休みのテーマは、悪質な女子グループと2年で同じクラスにならないように毎日近所の神社に行ってお祈りをすることです。暇人かと思われるかもしれませんが、私の人生にとっては一大事なのです。ちなみに、この手の願いが叶った試しは今までに一度もありません。 矢野サナ *** なんだかまんまと矢野さんの作戦というか、術中にハマってしまったようで悔しいです。お返事が来るとお返事を出さないといけないって、そんな気になります。僕の責任感を利用するのはやめてください。お願いします。追伸。返事はこれが最後です。どうか、よろしくお願いします。 田口トオル
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