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夏休みに入り、 勉強の合間に練習をする日々が始まった。 朝からの数時間を膨大な宿題に費やし、 昼過ぎに部室で集まる。 その日も川瀬に岸野、もちろん秋津も 時間通りにやって来て、 音合わせに夢中になっていた。 しばらくして、 「佐橋、どうした?音、遅れてるよ」 と秋津に言われてベースをかき鳴らすが、 「あれ。この部分、どうやるんだっけ」 と悩んでしまった俺に、岸野が微笑んだ。 「佐橋くん、珍しいね」 「あ、うん」 頷いたものの、言葉が出なくなっていた。 次の瞬間、天井が渦を巻くように回り始め、 俺はベースを持つ手に力が入らなくなった。 「佐橋っ」 顔面蒼白の秋津の叫びが聞こえ、 川瀬と岸野が呆然とした表情でいるのが 見えたのは、一瞬。 俺の意識は、闇に包まれていったー。 「佐橋、佐橋」 呼びかけられて目が覚めたら、 秋津が涙目で俺の手を握りしめていた。 「良かった‥‥」 白い天井を見上げ、呟いた。 「どこ?」 「病院。部室で倒れて、丸1日意識を失ってた」 「え‥‥?」 「脳波には異常はないし、血管が切れた訳でもない。原因は不明だって」 「そう」 「親御さん、呼んでくるから待ってて」 俺の手を離しその場から立ち上がる秋津に、 問いかけた。 「川瀬と、岸野は」 「いるよ。そこに」 秋津が指を差した先。 病室の隅の椅子に、 2人が肩を寄せ合い眠っているのが見えた。 「みんな、お前のことを心配してたよ」 「うん」 相変わらず、言葉がうまく出てこない。 秋津が病室を出て行った後。 俺は、眠る川瀬と岸野に声をかけてみた。 「川瀬、岸野。起きろよ」 何度か呼びかけて、岸野が気づいた。 「う‥ん、あ、佐橋?‥‥川瀬、川瀬。 起きて。佐橋が目覚めた」 岸野はそう言って、川瀬を揺さぶる。 「ん‥‥」 川瀬は目が覚めてからもぼんやりし、 俺と目が合ってからやっと声を出した。 「佐橋、大丈夫?気分は?」 川瀬と岸野がベッドに近づいてきた。 「まあまあかな。少し、頭は痛いけど」 「びっくりしたよ。倒れるなんて」 「でも、無事で良かった」 「ありがとう‥‥あのさ、2人に、 話したいことがある」 「「何?」」 「こっち側に戻ってはきたけど、 またこうなるかも、知れない。 2人には、素直に、後悔なく、 気持ちを伝え合って欲しいんだ」 「うん」 岸野は頷いたが、川瀬は首を振った。 「川瀬?どうした」 「佐橋、その前に秋津とのホントの 関係を話すべきじゃないのか」 「佐橋くんと秋津くんの?何、何?」 「ただの親友にしては、心配の度合いが 半端なかった。秋津が戻ってきたら、 話してもらうことは可能?」 「ああ」 その時、秋津が母親を連れて戻ってきた。 「佐橋、親御さんを‥‥あれ、どうした? みんなして、深刻な顔して」 「秋津、川瀬にバレた」 「嘘?!」 「秋津から、話して」 「‥‥わかった。川瀬、岸野。外出よう」 秋津に先導され、 川瀬と岸野が病室を出て行った。 「お医者様、呼ぶわね」 母親が泣きながら、ナースコールをした。 俺はまだぼんやりする意識の中で、 母親に握られた手を見つめていた。
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