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黒の王は捨て猫だった。その捨て猫を見つけたのは、妹のアヤカだった。
見つけたその日、僕は妹の面倒を見ることをママに押し付けられていた。
その日は友達に地元のサッカークラブの入団テストに誘われていた。
ママはそのテストを受けて良いと言ったからとても楽しみにしていた。それがいきなり妹の面倒を見ろという事になり、サッカークラブのテストの日だよと答えると、だから?と怒った時は必ずそうなるよう、その時もママの声のトーンが下がった。
僕はそれ以上逆らわなかった。ママに逆らうと髪の毛を掴まれ引き上げられながら頬を打たれるからだ。
だから僕は断れないまま、サッカークラブの入団テストにも行かず妹のアヤカの面倒を見る羽目になった。
ママは朝早くから化粧をし、服やアクセサリーを選ぶ時はこれじゃない、あれはどこにやった?等、言いながら支度をし、散々、散らかした服を畳んでしまっておくよう僕に命じた。
僕は母親が支度を終えるまで、散らかした下着や服を半分以上、畳む事が出来た。それを重ねて置き、次は別の服をと手を伸ばした時、ママは僕の手を踏みつけた。
「もっと綺麗にたためっつうの」そう言い、重ねてあった服を蹴飛ばした。
何が不満なのか僕にはわからなかった。
けど畳み直さないと又、打たれるので僕は黙って蹴飛ばされた服をたたみ直した。
香水臭いママが出かけると僕は少しホッとした。
妹はママが大好きだから置いて行かれたと勘違いして、しばらく泣きじゃくっていた。
僕はそんな妹を放ったらかしにしたまま、下着やシャツをたたみ、服はクローゼットに掛け直した。
それが終わると妹を抱きかかえ、テレビの前に座らせた。リンゴジュースを与え、ストローを挿してあげると、妹はすぐに泣き止んだ。
テレビをつけ、子供番組を探したけどなかったから、アンパンマンのDVDを流してあげた。
何百回も見ているだろう内容なのに、妹は嬉々として喜んでいた。
それを見ながら洗い物をしていると、電話がかかって来た。友達からだった。入団テストが始まったようだった。
「来ねーの?」
「行きたいけど、妹を見てなきゃいけなくなって…ごめん」
「お前っていつだってそうだよな」友達はいい、僕の返事を待たずに電話を切った。
洗い物が終わると洗濯物を干した。その間、妹のアヤカは大人しくアンパンマンを見ていた。
洗濯物を干し終わると僕は妹の側で一緒にアンパンマンを観た。見ながらアンパンマンの身体はやっぱりアンパンなのかな?なんて思ったりした。
アンパンマンが終わると妹はお腹が空いたと言い出した。だから僕はバターロールを取ってあげた。
それを一つ取り出すと表面にカビが沢山生えていた。そのカビの部分を取り除くと、バターロールの殆どの皮の部分が無くなった。こんなにカビが生えてたら、中もカビだらけかも知れない、そう思い、半分に千切ると、僅かにカビが生えていた。
それをむしり取ってから半分にしたバターロールを妹に手渡した。
妹はヘンテコなバターロールをみても何も言わなかった。リンゴジュースを継ぎ足してやるとそれと一緒に美味しそうに食べ終えた。
お昼に目玉焼きとご飯を2人で食べ、数時間お昼寝をした。その後でアヤカがお外で遊びたいというから、一緒に出かけた。2人でしばらく散歩をした帰り道、妹がオシッコしたいと言い出して、公園に立ち寄った。
トイレの前で待っていると、中から「お兄ちゃん!お兄ちゃん!来て来て!」と僕を呼ぶ妹の声が聞こえた。
女子トイレだったから入るには中々、勇気がいった。けれどあまりにも大きな声で妹が呼ぶものだから、仕方なく僕はトイレの中に入っていった。
妹は嬉々とした表情で僕に向かって段ボールを突き出した。見ると、中にはとても小さい黒猫の赤ちゃんが入っていた。目は見えていないのか、閉じたままだった。
「飼っていい?」
「ダメだよ」
「どうして?」
「ママに怒られるよ。それにアパートはペット禁止だし」
「ヤダ。アヤカ飼いたい」
「ダメだって」
「アヤカからママにお願いするもん」
「アヤカからお願いしてもダメなものはダメだよ」
僕らはトイレから出てベンチに座った。黒猫をそっと抱えアヤカにも抱かせてあげた。ミャーミャー鳴く黒猫にアヤカは嬉しそうに頬擦りをした。
妹の嬉しそうな姿を見ていると何とか家で飼ってあげたいと思った。
でもママが許してくれる筈はない。それは絶対だった。
例え、それが犬であろうが鳥であろうとも絶対に無理だ。ママは動物が大嫌いだから。うるさい、臭い、お金がかかる、ペットを飼う奴なんかみんな頭がおかしいんだよ。何が可愛いだ、癒されるだ、動物なんて全部、死んでしまえ。
妹が産まれる前、垂れ流していたTVのペット特集を見ながらママはそう言っていた。
2人で買い物に出かけたり、幼稚園に迎えに来てくれた時など、犬を連れて来ている他のママ達に、お前、くせーなー。犬なんて連れて来んじゃね。2匹とも死ねよと怒鳴った事もあった。その時、犬は1匹しかいなかったのに、どうしてママが2匹とも死ねよと怒鳴ったのか、その時の僕はわからなかった。
けど後になって思い返すと、犬は女の子が抱えていたのだ。
つまり、ママは女の子も犬として扱っていたようだった。そんなママが幾ら妹のお願いだからと言って許してくれるわけがない。
僕はアヤカの手から無理矢理、黒猫を取り上げ段ボールの中に戻そうとした。
その時、段ボールの底に折り畳んだ紙が入っているのを見つけた。僕は黒猫を抱えたまま、その紙を取り上げた。
「アヤカ、もっと抱きたいー」
駄々をこねる妹に一旦、黒猫を手渡した。手にした紙を広げて、書かれている事を読んだ。
「この子の名前は王と言い、男の子です。
だから拾ったあなたにお願いです。どうかこの子を保護してください。もしそれが駄目なら変な人に拾われ虐待されたり、カラスの餌になる前に殺してあげて下さい だってこの子の1人の力では到底生きられませんから」
僕は紙を丸めて捨てた。酷い奴だと思った。
名前までつけたのに捨てるなんて…
おまけに人に殺してくれとまでお願いするなんて信じられなかった。
僕は妹から黒猫を奪って段ボールの中にしまった。
「帰ろう」
「飼っていいの?」
「お兄ちゃんがママにお願いしてみるよ」
「やったー」アヤカはアパートに着くまでずっとスキップをしていた。余程嬉しかったのだろう。
「お兄ちゃん、この子の名前、何がいいかなぁ」
「こいつ、男の子でオウって名前らしい」
「オウ?」
「うん。多分王様のオウじゃないかな」
「黒い王様?」
「うん。こいつは黒猫だから、そうなるかな」
「黒い王様で、オウ。王。オウーちゃん」
嬉しそうに子猫の名前を呼ぶ妹を見ていると、何とかしてママを、説得しなきゃと思った。
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