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「もうすぐ春、なんですね」
「まだまだしばらく寒いけどな」
春、という恋人の名についている一文字を、口にすることも書くことも、照れるようになってしまった。
「春よ来い、って歌あるやん。子どもの頃ようあれでからかわれたわ。歌うた後に、『早よ来い言うてるやろ!』て。しらんがな」
小さい頃から『ハル』と呼ばれていたのだな、と思うと同時に、『ハル』と『春』を混同していた智も、からかった子と同じ感性なのではないかと内省した。
「早く暖かくなって欲しいですね」
「せやなあ」
「花がたくさん咲きます」
綺麗なもの、美しいものが好きな智は、道ばたに咲く花を見つけては愛でたりしている。そんな彼は、やはり春が好きだ。そしてあちこちで様々な美しいものに目と心を奪われている智を見つめるのが、ハルは好きだ。
「あちこち花見に行こな」
「はい」
「弁当持ってドライブしよ」
「楽しみです。待ち遠しいな」
長い長いトンネルを抜けた今、未来は光り輝いている。この先には嬉しいこと、楽しいことしか待っていない。もちろんほんとうはそんなことあるはずがないのだけれど、今の智はそう思ってしまうほど幸せだった。
ゆるやかで穏やかで、温かく包み込むような。暖かさに心がほどけて、ついうとうととまどろんでしまうような。
ハルはやっぱり、春っぽい。
なんて物思いに耽りながら、つい無意識に口ずさんでいた。
春よ来い、早く来い。
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