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「なあ、ほんで誕生日何欲しいん」
今日は智の誕生日。ハルは随分と前に同じ質問をしたはずだが、明確な答えは返ってこないまま今日を迎えてしまった。
「えっ」
「答えてくれへんまま当日なってもたやん。とりあえずケーキは予約してるけど」
「おめでとうって言ってもらえるだけでいいって言ったじゃないですか。普段からいろんなことしてもらってるし……」
「いや、いうても付き合うて初めての誕生日やで? 普段夢見がちなくせになんでそないドライなん」
「夢見がちって」
「ちゃんと考えへんかったら『えーちゃんの全身に誕生日ケーキ塗りたくって俺が食うイベント』発生な」
「ひっ」
ハルの変態ちっくな提案に、智は真剣に焦った。そういったプレイ、好きな人は好きだろうが、まだまだ経験値の浅いウブな智には刺激が強すぎる。
「かっ、考えます、考えますからぁ」
きちんと考えてくれることになっても、変態イベントが発生するにしても、ハルにとってはどちらに転んでもおいしい展開なのであった。
「……こんなのでいいのかわからないんですが」
智が重々しく口を開いたのは、それから三十分ほど経った頃。
「ん? なになに? なんでもええで」
待ってましたとばかりに身を乗り出してくるハルを少し怪訝な顔で見ながらも、遠慮がちに智は答える。
「あの……ハルさんが焼いた食器が、欲しいかな、って」
「は? そんなんでええん?」
スーツでもバッグでも何でも買ってやるつもりでいたハルは拍子抜けしたが、智は智で、買っておしまい、ではなくわざわざ労力を使わせるおねだりに、大変気を遣っていた。
「すみません、こんな面倒なもの欲しがって……」
「あ! ほな一緒に作ろっか! またお揃いにしようや」
そうと決まれば、とふたりは身支度を始めた。工房へ向かう車の中で、何を焼くか相談した。茶碗、湯飲み、カレー皿はもうある。ということで、どんぶり鉢を作ることに決まった。
「久しぶりですね」
「えーちゃん、体験教室以来してへんやろ」
「うっ、つ、作りたい気はあるんですけど……」
かつて智がストレス発散に新しい趣味でも、と思いつきで申し込んだ陶芸体験教室の講師がたまたま顔見知りのハルだったという偶然が、ふたりの距離をぐっと縮めたのは言うまでもない。
「講師がすぐそばにおるんやから、いつでも言うてや」
ハルはそう言いながら、手早く準備を進めている。
その後はふたり、ああでもないこうでもないと言いながら、ひたすら土を捏ねた。土の匂いが、感触が、体験教室に通っていた頃の記憶を呼び起こす。あの時と同じ土を捏ねているけれど、あの頃とは全く関係も心持ちも変わったことを、智は実感する。あの時はただの顔見知りだったのに、あんなにもハルのことが苦手だったのに、今では――
「結局今日には渡されへんねんけどなあ。せっかくの誕生日やのに」
形はできたが、このあと乾燥、素焼き、釉がけ、といくつもの工程があり、完成までにはまだまだ日数がかかるのだ。
「でも、こうして一緒に作れて良かったです。教室に来ていた頃を思い出しました」
「せやなあ。懐かしいな」
咄嗟に思いつきで考えたおねだりだったが、実はものすごく良案だったのではないか? と智は思う。いい大人になって、欲しいものはたいがい自分の金で買える。好きな人からしかもらえないのは、こうして共に過ごす時間、共有できる思い出、なのではないだろうか、と。それに、ものを創っているハルはやっぱりカッコいいな、とも思っていた。
「今日はありがとうございます。楽しかったです」
素直にそう微笑めば、ハルは一瞬意外そうに目を見開いたが、すぐにデレッとした表情に変わる。
「喜んでもらえて俺も嬉しいで」
工房を掃除して、帰路につくため車に乗る。帰りの車中では、出来上がった器で最初に何を食べるか、という話題で盛り上がるふたりだった。
【おわり】
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