数え切れない『ありがとう』

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「ああーーもーーー」  頭を抱えて唸っていると、ハルが申し訳なさそうにのぞき込んできた。しまった、ハルと一緒にいるのを忘れていた。 「もしかして、俺のプレゼントで悩んでる……?」 「ちっ違いますよ? 仕事のことで」 「無理せんといてや。えーちゃんのこと悩ませて俺が喜ぶわけないんやから」 「……」 「当日どっかでうまいもんでも食おうや、な?」  祝う相手から気遣われ、どこまでも自分がポンコツで、情けなくて、智は泣きたくなった。いつもこうだ。バシッとキメよう、カッコつけよう、と息巻いても、結局最後はハルに助け船を出されてしまうのだった。  北新地にある懐石料理の店。ハルが行きたいと行った店を智が予約したが、これもハルのわがままに見せかけての助け船なのだろう。この季節は鱧に限るということで、鱧づくしの膳を個室でいただくことになった。智にとっては気後れし、緊張してしまう敷居の高そうな店だ。湯引きに茶碗蒸し、小鍋、寿司と、全て鱧料理の七品。関東出身の智はこれまで鱧を食べたことがなかったが、美しい純白を目で楽しみ、上品な甘みや旨味を舌で堪能した。 「初めて食べましたけど、美味しいですね」 「せやろ。この時期なったら昔からよう家族で食うてん」  ハルは日本酒もつけて上機嫌である。 「えーちゃんも気に入ってくれて嬉しいわ。今日はありがとうな」  デザートのアイス最中までぺろりと平らげ、ハルは満足そうにニコニコしながら礼を言った。智はこの時、ハルがよく言う「えーちゃんが笑っていてくれたらそれでいい」という言葉の意味を、ほんのちょっとだけ理解できた気がした。 「いえ……僕はついてきただけなんで……」 「ん。やから、一緒に過ごしてくれてありがとう」  嬉しそうで、愛おしさの詰まった眼差しでそう言われると、智はもうこれ以上卑屈なことを言ってはハルの気分に水を差す、と自制した。そして 「あの……これを」  おずおずとバッグの中から包みを取り出し、ハルに差し出した。 「え? 何これ? もしかしてプレゼントとか?」 「……はい……全然大したものじゃないんですけど……」 「え! ごはんだけで良かったのに! めっちゃ嬉しいやん! 開けてええ?」 「……」  智はこくん、と頷くも、気に入ってくれるか、今この時点でこんなに喜んでいるハルをがっかりさせないか、不安でしかない。
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