数え切れない『ありがとう』

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「おおおお」  包みを開けたハルが、感嘆の声を上げている。智はリアクションを見るのが怖くて俯いている。  智が悩みに悩んで選んだのは、扇子。麻の布部は鶯色の無地、竹で出来た骨部分は江戸紫色となっている。値段的にも大げさ過ぎず、気軽に持ち歩いて使ってもらえるかと思ってのことだが、在宅勤務で車移動のハルは、あまり暑い現場に出くわすことはないのではないかと、買ってから気づいた。 「渋カッコええなあ! 暑がりやから助かるわ、ありがとう」  ハルは早速上機嫌でパタパタと扇いでいる。おそるおそるハルの方を見ることが出来た智は、ハルが扇子を手にしている様子を見て、やっぱりこの色にしてよかった、よく似合っている、と、ここへきてようやくそう思えた。  扇子にした理由は、贈る季節が夏であることやハルが暑がりであろうこと、だけではなかった。扇子の末広がりの形には、「今以上に幸せになっていく」という意味があると知ったからだ。 「えーちゃんもお揃い持ってんの?」 「はい、……これ」  同じものをバッグから取り出した。ハルからの注文は「おそろいのもの」なので当然だだが、くみひものストラップだけ色違いになっていた。ハルのものは紅色、智のものは山吹色。 「こっちがえーちゃんのか。こういう色、好きなん?」 「はい、でハルさんはなんとなく、赤っぽいかなって思って……勝手に決めつけてしまってすみません」 「んーん。赤、好きやで。ありがと」  はたと智は気づく。今日だけで何度、ハルから『ありがとう』を言われただろう、と。満面の笑みで、手放しで喜ぶハルを見て、喜ぶことまで上手だな、と思う。反面、と我が身を振り返る。何かをしてもらっても萎縮し、遠慮し、恐縮してばかり。そんなことよりも、嬉しさを伝えたほうが相手は何倍も嬉しいのでは。 「僕のほうこそ、ありがとうございます」 「え、なんで」 「今日のハルさんを見ていて、いろいろわかったことがあるんです。だから、学ばせてくれてありがとうございます」 「んん、何やそれ。またなんか難しいこと考えてるんかいな」  呆れ顔で言うハルに、智はふふっと笑うだけ。そして膳を挟む形で向かい合った席から 「そっち行っていいですか?」  と問いかけた。ハルは驚きながらも当然承諾する。すると智はとことことハルの隣へやってきて、腰を下ろした。 「お酒、まだ少し残ってますよ。もういいですか?」 「残ってた? ほな飲んでまうわ」
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