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愛の温度が高すぎて
「えーちゃん、あんな、」
ハルさん、珍しく口ごもってる。
「もう一回、ですか?」
「っ、うん……」
なんでわかったん、とでも言いたげな顔ですね。いつもべらべらと饒舌すぎるハルさんが言いづらそうにしてるときって、だいたいそっち関連でしょ。
それに、さっきのはほんとに――
「わかりました」
「ほんまにええん? 無理せんといて」
そうは言うけど、したいんですよね?
「だってさっきの、僕に気遣ってばかりで、あんまり気持ち良くなかったんでしょ……?」
図星を指された顔してる。そりゃわかりますよ、好き合ってもう一年半ですよ? いつまでも腫れ物に触るような抱き方じゃなくって、もう少し自分本位な抱き方してくれていいんですよ。
「ちょっと待っててくださいね、お水一杯だけ」
「そんなん俺が持ってくるって」
「自分で行きますよ」
少しだけ、ベッドから離れて、インターバルをとりたかった。キッチンで、ハルさんが焼いたぐい飲みに水を注いで、ごくごくと喉に流し込んだ。
全部飲み干したら、またあのベッドに戻らなきゃいけない。
そのことがものすごく、自分でも嫌になるぐらい大きなおもしとなってのしかかってきた。
「うっ……」
どうして? いつまでたってもこんなに拒絶したい気持ちが沸き起こるんだろう。イヤじゃないのに、嬉しいのに、気持ちいいのに。
ちいさな頃からからだに刻み込まれた思考は、そう簡単に払拭されてはくれないみたいだ。
好きなのに。応えたいのに。こんなことぐらいしか、ハルさんのためにできることはないのに。
こんなからだでも、ハルさんが気持ち良くなってくれるんなら、いくらでも使って欲しい。そう頭では思っているのに。
「――大丈夫?」
気がつけばハルさんが隣にいて、僕の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。涙だけじゃない、ひどい嗚咽まで漏らしていた。それでハルさんに気づかれてしまったみたい。
「……今日はもう寝よ、な」
優しく肩を抱かれる。この優しさが逆につらい。咎め詰られているように感じてしまう。いっそ身勝手に怒鳴り散らしでもしてくれたほうが、こっちもキレ返すことができて気が楽なのかもしれない。
「違う、んです」
「一回できただけでも充分満足やて」
声を聞いていると、こんなにも安心するのに。
肩を抱かれていると、こんなにも心地いいのに。
与えられるだけ与えてもらって、何も差し出せない自分が、浅ましくて図々しくて申し訳なくて。
「ごめんなさい……」
「ん?」
優しく顔を覗き込まないで。なんて勝手な奴だと、いっそ叱責して欲しい。
「ぎゅってする?」
そんな僕の願いも虚しく、さらにハルさんの声は優しくなって、今僕が一番して欲しいことをしようとしてくれる。やっぱりハルさんは魔法使いなのかなあ。
「……はい」
それに甘える僕も僕だ。
厚い胸板と、逞しい腕にぎゅって包まれて、ものすごく安心するし、ドキドキもする。ハルさんのこと、大好きだなってしみじみ思う。
正直なところ、僕にはたぶん、このぐらいのスキンシップがちょうどいい。でも、そうもいかないってことも、わかってる。それに、僕のからだで気持ち良くなるハルさんを見ていたら、幸せな気持ちになるのも確かなんだ……
「ろくでもないこと考えてる顔してるで」
くよくよと思い悩んでいたら、鼻の頭をつつかれた。人の気も知らないで。
――そりゃそうか。話してないもんな、こんな気持ち。
「二回目、しましょ」
「いや、もうええて」
「魔法のおかげで元気になったんで、大丈夫です」
「魔法?」
「ハルさんのハグパワーですよ」
口に出すと本当にそう思えてきた。なんだか急にすごく元気だよ。きっと二回目もできる、というか、ちゃんと「したい」って思えてきた。
「そう言うてくれるんは嬉しいけど、無理にさせたあないねんって……」
「したいかしたくないか、どっちなんですか?」
「っ、したい、ですね!」
「じゃあ、行きましょ」
まだ困惑気味のハルさんの手を引いて、僕はずんずんと寝室へ向かった。
今僕がどんなこと考えてるか、どんな思いを抱えてるのか。
終わったらちゃんと話しますから、聞いてくださいね。
【おわり】
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