ひとりでできるよ

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「ファッ?!」 「だってもう、そんなになっちゃってるから」 「え、ええってええって、寝たら治るから寝るわ! おやすみ!」 「ハルさん」 「は、はい」 「僕じゃイヤですか……?」 「は……?」 「僕が経験なくて下手だから、歯が当たって痛そうだから、だから」 「ちょいちょいちょい待ちぃな!」  智が勝手に明後日の方向へどんどん思考を暴走させるので、ハルはブレーキをかけるのに必死だ。 「もっと上手くなっておけば良かっ」 「アホ言うな」  アホと言われて智はぐっと押し黙り、口をきつく結んだ。 「えーちゃんはそんなことせんでええねんって」 「どうして……」 「えーちゃんには汚れを知らんまま、綺麗なままでおってほしいっていうか」 「もう綺麗でもなんでもないですけど? 誰かさんに汚されて」 「ふぐッ! でもえーちゃんは今も汚れてなんかないで」 「じゃあ口でしても汚れないですよ、きっと」  観念しろとばかりに智がハルの向かいに回り込んで、顔を下へと移動させた。 「ま、待って、せめて手でして」 「僕じゃなくてお布団が汚れるじゃないですか」  ぷうと膨れて反論する智も可愛いな、だなんてぼうっと見ていたら、下着に手がかかった。 「たまには僕にもご奉仕させてください」 「なんでそんなエロい言葉知ってるん……」 「失礼します」 「や、ちょ、なんでこんなときだけ潔いねん」  ハルがジタバタしているが構わず、ハルの陰茎を口に含んだ。 「はむ……ちゅ」 「えええええ……」  ついに始まってしまった。ハルは罪悪感、うしろめたさ、恥ずかしさなどが入り交じってなんとも言えない気持ちだったが、じきに気持ちよさの方が上回った。  こんな場面でも智の真面目さが出るのか、一生懸命ひたすらに一定のリズムで顔を上下させ続ける。 「うあっ……あ……」  ハルからも、次第に微かに呻くような声の混じった吐息が絶え間なく漏れ出すようになった。それを聴いて、ちゃんと気持ちいいんだ、と智は安心した。そして同時に、普段と攻守逆転したようなシチュエーションに興奮し、知らず大胆になっていく。 「ちゅぷ……ちゃんと、気持ちいいですか……?」 「ん、めちゃくちゃ気持ちええ」 「良かった……全部出してくださいね」 「え、あ……うん……」 「んぐ!」  普段のハルなら絶対にそんなこと出来ないと思うところだが、この時ばかりは完全に思考を快楽に支配されきっていた。出そうになった時俊敏に動けないこともあったが、出せと言われて、すんなりと、本当に智の口の中に思う存分ありったけの精を放ってしまった。 「あああああ……!」  出し切った直後、智は部屋を飛び出していった。ハルはとんでもないことをやらかしたと青ざめ、顔を両手で覆う。洗面所で水の流れる音が延々続いている。  智は洗面所で何度もうがいをし、その間考え込んでいた。終わってしまうと急に、なんという大胆でいやらしく破廉恥なことをしてしまったのかと、死んでしまいたいほどの羞恥に駆られた。ハルにだってこんなに淫乱な奴だと思わなかった、と呆れられているのではないだろうか。もう顔を合わせるのも無理。洗面所から出て、ハルのいる寝室ではなくリビングに向かった。  口の中はまだ、決して美味とは言えないハルの味が残っている。愛する人のなら飲み干せる、など世間では見かけたりするが、とんでもないな、と智は思った。そして飲めなということは、自分はハルのことを愛していないのだろうか。そんな風にまた先回りの空回り思想が炸裂していた。  スマートフォンがメッセージの新着を知らせる。 『こんな状態でほったらかしにせんといてよ』  ハルからだった。そういえばすごい状態で放置してしまっていた。ぱたぱたとスリッパを慣らし、寝室へと急いだ。 「ごめんなさい」  それでも部屋の入り口に立ったまま、目線も合わせられない。 「どしたん」 「は、ずかしく、て」 「あんな自分から無理矢理犯すみたいにやっといて、今更」 「おっ、犯すだなんて、そんなっ」 「でも、ありがと」 「……はい」 「そんなとこ突っ立ってんと、こっち来てや」 「……」  しぶしぶ、といった風の面持ちで、智がベッドに潜り込むと、ハルが抱きしめてきた。 「ありがとう」  再度、改めて礼を言われて、またまた顔が熱くなる。できることなら何事もなかったように他の話題に移りたいのが智の本音だった。 「……いえ、それより」 「まさかこんなことしてくれると思てなかったから、めっちゃびっくりしたけど」  だがハルはこの話題を続けるつもりのようだ。 「あ、の、すみません、ほんとに、もう、どうかしてて、忘れてください」 「忘れへんよ」 「イヤだ……」 「えーちゃん、初めてやった?」 「当たり前でしょ! 初体験もせずこんなこと、先にやるわけ……!」  どちらが先かは諸説あるだろうが、少なくとも智はそう思っているらしい。 「ほなえーちゃんも、この先ずっと忘れやんといてな。初めての時のこと」 「どうしてそんなこと言うんですか……なんか、やっぱりお別れみたいな……」 「ええっ?! ちゃうちゃう、そんなん全然思てへん、なんでそないなんねん」 「だって」 「だっても明後日もないっちゅうねん、もう」  マイナス思考を発動させた智に呆れつつも、宥め落ち着かせようと、より智に向き直った、その時。 「いだだだだぁ!」  腰のことをすっかり忘れていつものように動いてしまったハルの、断末魔の叫び。 「今年も終わりですねえ」  冷凍の、鍋に入れて火をかけるだけでできる蕎麦を啜りながら、除夜の鐘をテレビで聴く。  レトルトパウチから重箱に詰め替えただけのおせちも準備完了。蕎麦もおせちも智が準備した。 「来年はリベンジさしてや」 「楽しみにしてますね」 「来年も、再来年も」 「……もちろんです」  付き合って初めて迎える年越し。 ハルにとっては思いも寄らぬぎっくり腰や台無しになってしまった迎春準備、智にとっては大掃除に迎春準備を一人で頑張ったことに加えて初めての口淫と、互いにとって忘れられない年になったのは確かだ。  毎年毎年、二人でこの日のことを笑い話にしながら、ハルが打った蕎麦を挟んで大晦日を迎えられたら、と互いに想うのだった。 【おわり】
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