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なつかないこぐま
「あんまりおもんなかったな、……?」
今日は智の仕事始めだった。
早めに帰宅し、夕食後、ふたりで以前シアターで観そびれた映画をオンデマンド配信で観ることになった。
二時間以上あるその作品は物語の起伏が乏しくて、少々退屈を感じるものであった。
それでも一応最後まで観て、エンドロールが流れる中、ハルが智に声をかけたのが冒頭である。
年始の数日間、智は東京へ帰省した。戻ってきて、少し一緒にぐうたらして、それからの仕事始め。久しぶりに出勤して、きっとさぞ疲れたのだろう。ぬくぬくのリビングで寝転がって映画を観ているうちに、智はすっかり眠り込んでしまっていたのだ。
「いつから寝とったんや」
呆れているのか、愛しさからか、どちらとも取れるようなため息を小さくひとつこぼすと、ハルは智を起こしにかかろう、としたがやめた。
胸で両の指を組んですやすやと眠る智を、もう少し寝かせておいてやろうと思ったのと、自分の腕の中で眠る愛しい人を、もう少し眺めていたくて。
それまで騒がしく鳴り響いていた映画の音がすっかりなくなって、しんと静まったリビングでは、智の寝息だけがかすかに聞こえる。腕の重みもまた幸せの証。そばに寄るのも触れることも拒まれていたのにな、と過去に想いを馳せながら寝顔を見つめていると、ハルも知らず頬が緩む。
「やっとなついてくれたなあ」
寝顔にそう問いかけるハルの表情は、誰にも見せない、ひょっとすると智にすら見せたことのないような、甘いものだった。
「ん……」
智がゆっくりと目を開いた。じっくりと見つめる時間が終わってしまったことを、ハルは少し残念に思った。だって起きている間はこんなにまじまじと間近で見させてもらえないから。
「は、僕寝ちゃって……?!」
腕枕されていることに気づく否や、智はハルから飛び退くように後ずさった。
「何やねんそのリアクション」
「ね、寝てる間に変なこと、してないでしょうね……?!」
真っ赤になっているところを見ると、怒っているというより恥ずかしさを誤魔化しているように見える。
「変なこととは」
「へ、変なことっ、っていったら、そりゃ、」
「ん? どんなこと想像してんの? えーちゃんやっらしいなあ」
「やらしいことなんか想像してないですっ」
懐いたと思ったのは寝ているときだけか。ハルは小さく笑いをこぼした。
「映画終わってもたで。観てへんとこからもっかい観る?」
「いいえ、あまり面白くなかったし、だから寝ちゃったんだと思うので」
目を擦りながらそう言う智にハルは内心萌えていたのだが、可愛いというと怒るだろうから黙ってじっとその様子を凝視していた。
「ちゃんとベッドで寝ます」
「せやな。仕事始めで疲れてんやろ」
「それであの、あとでまたしてもらっていいですか」
「ん?」
急に俯いてモジモジしだすので、ハルが心配になるほどだ。
「さっきの、あれ……」
だがそこは勘の鋭いハル、ぴんときた。
「そうかそうか、俺の腕枕そんなに気持ち良かったか。あんなもんいっくらでもしたるで! 早よベッド行こ」
「……やっぱり結構です」
ハルは嬉しすぎてついはしゃいでしまい、甘くなりそうなムードをぶち壊してしまった。せっかくデレかけていた智はすっかり真顔になって、ハルを残したままさっさと寝室へ行ってしまった。
「アカン、またやってもた……俺もまだまだや……」
ハルは頭をかきながら、智の後を追った。
【おわり】
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