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プロローグ
エンジン不良を覚え、路肩へ車を寄せて停車させた日比野 於菟は、不慣れな様子でボンネットを開け、知り得る限りと改善を試みたものの万策尽き、縋る思いにポケットを探ったが、破損させてしまったスマホは家に置いて来てしまい、助けを呼ぶことも敵わなかった。
「今日は本当についてない──」
独り言ち渋々と車を乗り捨て、早足で歩き出し、程なく前方に現れた、緩い坂道の果てを憂鬱に見据えた。鬱蒼とした街路樹が奥へ奥へと、誘い込むよう道なりに植栽されている。
そこは、この付近で名の知れた高級住宅街だった。軒を連ねているのは、元首相の参議院議員や、有名俳優が暮らす邸宅も多いと噂の一郭だ。
於菟がこれから訪ねる旧友も、例に洩れず名の知れた形成外科医だ。未だ若い──於菟と同じ年齢で、亡父の医院を継いだ、腕だけで無くその華やかなルックスも称賛される男、御都部 皓祀──。
於菟が彼と会うのは、実に二年ぶりだった。お互いに忙しかった……それは事実であるが──
「顔なんか見たくないのにな……」
俯向き、視界に入った自分の足元に呟いた於菟は、ひとつ大きくため息を吐き、覚悟を決めるように坂道へ一歩を踏み出した。
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