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レッスン9
「佐奈子さん・・・」
最近なぜかよく彼女のことを思い出す。
そして、心の中で呼びかけてみたりしている。
「・・・」
言葉にならない言葉と感情が、いまだに俺の中で蠢いているようだ。そしてつい問いかけてしまう。
「あの頃、あなたは一体誰を演じていたんですか!?」
そうするとアンニュイで涼やかな独特の笑みが思い浮かんできて、俺を今だにドキッとさせたりする。
今でも俺は佐奈子さんのことが・・・たぶんそうなのだろう・・・きっとそうなのだろう。
演じる以上の気持ちを激しく揺さぶって、どこかへ行ってしまった佐奈子さん。
今も誰かを演じているのだろうか。何をそんなに演じなければならなかったのだろうか。その結果、自分が理想とする何者かになれたのだろうか。
でも考えてみれば俺だって、あの頃、ビッグな俳優になろうとしている役を勝手に作って演じていたのかもしれない。その後は、鳴かず飛ばずで、それでビッグな俳優になろうとしたけど結局なれなかった・・・でもなんとかイベント会社を運営して・・・などという役柄を自らに嵌め込んで生きる糧にして来たのかもしれない。
家族を持てば自然と夫の役や父親の役を担うことになる。それらは演技というものではないけれど、どこかでその役目を進んで演じてしまうことで、日々の暮らしの営みが実にスムーズに運んで行ったりする。そういうことを繰り返しながら、俺はあの頃自分ではない誰かを演じることでしか表現できなかった何かを上手くコントロールしてしまったのかもしれない。
いや、もしかしたら大切な何かを打っ棄ってしまったのかもしれない。
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