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竹生島に降り立つと、すでに鳥居の姿が見えた。入島料を支払い、長い石段を上っていく。石段は急で、だんだん息が上がってきた。
「この階段は祈りの階段って呼ばれているんだって」
気づいたらすぐ隣を相沢さんが歩いていた。相沢さんは疲れを感じさせないにこやかな表情で歩いている。それは昨日の比叡山でも近江神宮でもそうだったが、篠塚さんの話を聞いてしまった後ではなんだか違う人に見える。
疲労が溜まってきたからか相沢さんが隣にきて緊張したからなのか、私の足は石段をうまく上がれずに踏み外しそうになった。「危ない!」という声とともに相沢さんに手首を掴まれる。相沢さんの手の熱を感じ、反射的に振り払ってしまった。
「大丈夫です、すみません」
私の声は硬く、冷たかった。相沢さんを振り切るように、ペースを上げて石段を上る。怖くて後ろを振り返れなかった。
石段を上りきって宝厳寺に辿り着くと、代表の山尾さんはまたあらゆる角度から本堂や三重塔をカメラに収めていた。その隣には、かつて相沢さんと付き合っていたという稲葉さんが寄り添っている。
宝厳寺から都久夫須麻神社に移動するために長い石段を下りていく途中、木々を透かして琵琶湖が見えた。青空の色を映した琵琶湖はまるで海のようで、石段を下りていくとこのまま琵琶湖に飛び込むのではないかと錯覚した。
私だって気分が高揚しないわけではない。普段より高い音域で歓声を上げたり、誰かの肩や腕に触れながら共有しないだけで、心の内側には深い感動が生まれている。それを言葉で表現して誰かと軋轢が生まれるくらいなら、黙っていたいだけだ。私は誰も傷つけたくないし、誰にも傷つけられたくない。
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