二日目

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「あ、私、ちょっと飲み物を買ってきます」  財布とスマートフォンだけを持って部屋から出た。一体どれほど遠くの自動販売機に行けば恋バナに飽きた先輩たちが先に寝てくれるだろうか。  近くにコンビニなどないはずだが、時間稼ぎのために外に出る。琵琶湖のほとりの夜は東京よりもはるかに暗く肌の表面から闇が沁み込んでくるようだった。  宿泊施設が点在しているエリアなので夜道を歩いているのは観光客ばかりだろう。どこかの大学の合宿と思われる、大声で騒ぎながら歩いている男性の集団がいたので、結局すぐに旅館の敷地内に戻ってしまった。  これで建物内に戻ってしまったらもう部屋に戻るだけになってしまう。飲み物を買うと言って外に出てから大した時間は経っていないので、部屋では今もまだ恋バナが繰り広げられているのかと思うと、私の足はどうしても玄関には向かなかった。  部屋に帰るまでの時間を少しでも延ばしたくて、でも何者が出歩いているかわからない外を歩くのは怖くて、結局旅館の敷地内を無意味に散策する。明かりはほとんどないから足元が覚束ない。転ばないように慎重にゆっくりと、時間を稼ぎながら歩く。 「だから、はっきり言ってよ」  建物の角を曲がろうとしたら、闇の一部を鋭く切り取る剃刀のような声が聞こえてきて思わず足を止めた。聞き覚えのある女性の声だった。 「はっきりって……どういう……」  歯切れの悪いくぐもった声が答える。この声はわかる。相沢さんの声だ。  建物の陰からそっと覗くと、相沢さんの背中が見えた。その肩越しに見えるのは向井(むかい)さん――初日の京都駅で京都愛を叫んでいた二年生の先輩だ。 「要するに、私が嫌いってことでしょう?」 「そんなこと言ってないよ」 「付き合ってって言ったのにいつまでも返事をしないのは、気がないってことでしょう? はっきり返事をしないなんて生殺しだよ」
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