二日目

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 これはいわゆる修羅場というやつだろう。向井さんは相沢さんが好きなのだろうが、今の向井さんの声には好きな人に対する温かみは微塵も含まれていなかった。鋭くて冷たい刃のような声だ。私は二人に呼吸音が聞こえないように口元を手で覆った。脚にちりりと小さな痛みが走る。多分蚊に刺されているのだろうが、私は身じろぎ一つできなかった。 「みんなは相沢くんを優しいっていうけど、全然優しくなんてないよ。言うべきことをはっきり言わなかったら相手がどう思うかなんて考えられない相沢くんが優しいはずなんてない。相沢くんは優しい仮面をかぶった冷血動物なんだよ!」  冷血動物、という言葉に口元を覆う私の指先がぴくりと動いた。向井さんが叫んだ残響を、走り去る足音がかき消していく。足音は一つだけ。相沢さんはその場に立ち尽くしていた。  今旅館に戻ったら、どこかで向井さんに出くわすかもしれない。でもこのままここにいたら相沢さんに見つかるだろう。逡巡しながら動かした足が植込みの葉にぶつかってしまい、がさりと音をたてた。物音に気づいて振り向いた相沢さんと目が合う。相沢さんの目は大きく見開かれた後、ふっと細くなった。その目は寂しく笑っているようだった。 「……見てた?」  まるでいたずらを見つかった子供のような声で言う。私は頷くべきか首を横に振るべきか判断できずに固まっていた。 「変なところ見せちゃって、ごめんね」  自嘲したように相沢さんが笑う。同級生に冷血動物と言い捨てられて傷ついた顔をしているのに、後輩に気を遣おうとしている。その痛々しさが伝染して私の胸も痛くなり、喉が詰まって何も言えなくなった。相沢さんは深いため息とともにその場にしゃがみ込み、太腿の上に肘を置いて頬杖をついた。
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