二日目

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 相沢さんは一度言葉を切り、深いため息とともに「考えたこともなかった」と吐き出した。  たった一年半の間で四人の女性と付き合って別れた相沢さん。五人目になりそうだった向井さんにはっきりした答えを出さずに「冷血動物」と言い捨てられた相沢さん。膝を抱えて小さくなっている相沢さんは、京都駅で道案内をしている好青年ともケーブルカーで塩分タブレットをくれた先輩とも別人のように見えた。大学二年生の先輩は、まるで小さな子供のようだった。幼くて頼りない、小学校低学年くらいの男の子。  小学校。ランドセル。平日の昼間、陽の射すリビング。私の記憶の奥底から、一つの光景が蘇ってきた。 「相沢さんの話を聞いて、思い出しました。確か小学一年生のときです。ランドセルが重くて、ふらふら歩いていた記憶があるので」  相沢さんが黙り込んで生まれた空白を埋めるように、私は昔話を始めた。 「家の前まで来ても迎えに出ているはずの母がいなくて、でも鍵は開いていて、おかしいなと思いながら家に入りました。玄関には、知らない女の人の靴がありました。ワインレッドのハイヒール」  お客さんでも来ているのだろうかと思いながら、私は靴を脱いで上がった。リビングからは話し声が聞こえた。お母さんの声と、知らない女の人の声。どちらの声も尖っていて、まるで割れたガラス片のようだった。尖ったガラス片のイメージが鮮烈に残っているのは、もしかしたらそのとき実際に何らかのガラス製品が割れていたのかもしれない。
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