二日目

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 恥ずかしさをごまかすように降参すると、相沢さんがスマートフォンの明かりを消してゆっくりと立ち上がった。私も同じように立ち上がる。長い時間しゃがみ込んでいたので脚が痺れていた。きっと明るい場所に行ったら、私にも相沢さんにも体のあちこちに蚊に刺された赤い跡があるのだろう。 「戻ろうか」  相沢さんが歩きはじめる。そのすぐ隣を歩くのはためらわれて、少し遅れてついていく。先輩たちの恋バナは終わっているだろうか。不自然な長時間の不在をどうやって説明しようか。私の中にどんどん現実が戻ってきた。  旅館の入口まで辿り着くと、相沢さんが振り返った。「ありがとう。おやすみ」と短く挨拶をして男子部屋へ帰っていく。  遠ざかっていく背中を眺めていると訳のわからない感情に襲われた。後悔のような焦燥感のような居心地の悪い感情が胸の中で渦を巻く。  もしあのとき歌を送っていたら、もっと長く続けられたかもしれなかったのに。でももう夜も遅いし、明日の朝は早い。この夜が終われば、大学が始まれば同好会の集まりは月二回だけの通常活動になる。こうやって相沢さんと話す機会などもうないだろう。  この感情はなんだろうか。もう戻らない時間を惜しいと思う気持ちは。
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