最終日

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 朝五時にアラーム音はけたたましく鳴り響いた。部屋に並べられた四つの布団の塊が徐々に人間になっていく。昨日遅くまで人が起きていた空気がまだ部屋の中に残っていた。誰も言葉を発さず、あちこちからため息やあくびが聞こえる。  吟行最終日である今日のメインイベントは、旅館の近くにある白髭(しらひげ)神社の早朝参拝だ。夏の朝は早いので日の出の瞬間は見られないが、早朝に知らない土地を歩くのは旅行の醍醐味なのだと代表の山尾さんが主張していた。その計画を聞いたとき、私は暗澹たる気持ちになった。低血圧な私は朝が苦手だ。早朝から神社参拝なんて苦痛でしかない。  しかし今朝の私はいつもと違っていた。先輩たちはまだまともに目も開けられないのに、私の目はしっかりと開いて頭も覚醒している。  旅館の玄関に短歌同好会の十三人が集合した。元気なのは顧問の先生と山尾さんだけで、残りのメンバーは夜のだるさを色濃く残している。私はそっと相沢さんを盗み見た。ちょうとあくびをするために大きな口を開けた瞬間だったので、慌てて目をそらした。相沢さんは昨晩眠れたのだろうか。  私は眠れなかった。部屋に戻ってからスマートフォンに届いた、相沢さんのメッセージを読んだせいだ。  数人ずつ分かれてタクシーに乗り込む。タクシーの中では誰もしゃべらず、目的地までのごくわずかな時間でも睡眠をとろうと目をつぶっている人もいた。窓の外を見ると、夜と朝の間の青い風景が流れていく。まだ明るくなりきっていない空と琵琶湖の湖面は境界があいまいで、どこまでが湖でどこからが空なのかわからなかった。
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