吟行初日

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 JR湖西線に乗り換え、比叡山坂本駅で降りる。住宅の低い屋根と張り巡らされた電線の向こうには山が見えていた。ヒビが目立つアスファルトの上でいくつものキャリーケースが引きずられる音があたりに響き渡る。子供たちの夏休みである八月は終わり、秋の観光シーズンが始まる前の九月上旬の平日。後期の授業がまだ始まらない大学生の特権を使ったおかげで混雑とは無縁だが、陽の光はまだ夏の勢いのまま照りつけてくる。途中の観光案内所で荷物を預けてさらに歩き続け、延暦寺行きのケーブルカーの駅が見えたときには、達成感を上回る疲労に襲われていた。  ケーブルカーに乗り込むと徒歩での移動から解放されたみんなのテンションは上がり始めたが、私はまだぐったりとしていた。太陽に炙られながら歩き続けていたせいで、体の中に不快な熱が籠っている。 「須賀(すが)さん大丈夫? 熱中症になっちゃった?」  涼風のような声が聞こえてきたので顔を上げると、相沢さんが心配そうな表情でこちらを見ていた。相沢さんはボディバッグを前に回し、ファスナーを開けると中から青いパッケージを取り出した。 「これあげるよ」  相沢さんの手から私の手に移動してきたのは、塩分タブレットだった。 「あ、ありがとうございます」  すぐに食べないと申し訳ない気がして、相沢さんの目の前でタブレットを口に押し込む。塩の塊のようなしょっぱさを予想していたが、初めて食べた塩分タブレットは酸味と甘みと塩分が程よく混じったスポーツドリンクのような味だった。
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