吟行初日

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 延暦寺会館で昼食をとり、いくつかの名所を巡って延暦寺見物は終了した。比叡山を下り、坂本比叡山口駅から京阪電車に乗り込む。十分程電車に揺られて近江神宮前駅で降りる。先ほどの延暦寺に比べると、次の目的地である近江神宮にはあっけなく着いた。  石段を上り、朱塗りの楼門が見えると周りのみんなから歓声が上がった。人気漫画と映画の舞台であり、競技かるたの決勝の地であり、小倉百人一首の巻頭に御製が配された天智天皇を御祭神として祀る近江神宮。短歌同好会に所属しているような人間なら必ず高揚するであろう聖地。  みんなの熱気が高まるのに反比例するように、私の胸の中は冷えていった。まるで比叡山の涼風が私の中だけに取り残されているように。  流行りのものや人気のあるものに心を動かされた経験はない。それならごく一部の熱狂的なファンに支持されるようなマニアックなものが好きなのかといえばそれもない。  私には好きなものも熱中するものもない。「クール」と呼ばれればまだいいほうで、「冷めてる」とか「若さが足りない」といつも言われる。平熱も低いし、血圧も低いから朝起きたときから地を這うようなテンションで生きている。  私はきっと、温もりのある哺乳類ではなくて冷血動物なのだ。  形だけみんなの真似をして、朱塗りの楼門や外拝殿、神楽殿などをカメラに収めていく。何の熱意もないままに私のカメラに吸い込まれていく景色は哀れだと思う。近江神宮だって、聖地だと崇め奉ってくれる人たちのカメラに収まったほうが幸せだろう。漫画や映画の好きなシーンについて語り合う人たちに間違っても巻き込まれないように、私は淡々と写真撮影をしていた。
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