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「須賀さんっていい歌詠むよね。俺、結構ファンなんだ」
唐突に言われ、血液が顔に集中するのを感じた。
「え、いえ、なに言ってるんですか。相沢さんのほうがすごいじゃないですか」
相沢さんの歌は歌会でよく票が集まり、たびたびトップになっている。旧仮名遣いで詠まれる相沢さんの歌はゆるぎないこだわりがあるように見えて、私は少しだけ苦手だった。
「すごいかどうかじゃなくて、好きかどうかだよ」
好き、という単語が孕む熱から逃げ出したくなる。相沢さんが私の歌を熱く語れば語るほど、私の胸の内はどんどん凍りついていく。
冷血動物は変温動物の別名だけど、変温動物は周囲の温度に影響されて体温が変化する。誰かの熱を受けても変わらない私は真正の冷血動物なのだと思う。
「相沢さんには気をつけたほうがいいよ」
ホテルに戻ってドアを閉めた瞬間、同室の篠塚さんに言われた。多分飲み会の最後まで相沢さんが隣にいたのを見られていたのだろう。
「気をつけるって、何を?」
「相沢さんって、このサークルで今までに四人と付き合って別れてるんだよ」
相沢さんは二年生だ。つまり約一年半の間に狭いサークルの中で四人の女性と交際して別れているのだ。
「相沢さんって誰に対しても優しいじゃない? だから、別れた相手は相沢さんが他の女に優しくしているのに耐えきれなくてやめていっちゃったんだって。残っているのは稲葉さんくらい」
「え、稲葉さん?」
比叡山で山尾さんと仲睦まじく寄り添っていた稲葉さんの姿が脳裏に蘇った。山尾さんに向けられていた甘い声は、かつて相沢さんに向けられていたのか。
「人は見かけによらないから、気をつけたほうがいいよ」
「……ありがとう」
篠塚さんのアドバイスに形だけの礼を言う。私は別に相沢さんが好きなわけじゃない。
私は、そもそも誰も好きになんてならない。
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