嗜好

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嗜好

 入れるそのとき、指先に神経が集中する。細かく上下させ、穴の壁面を沿わせる。中の形が指を伝わって脳へと届く。  今までいくつもの穴をまさぐってきたが、飽きることはない。それぞれ少しずつ違っているから、毎回新鮮な気持ちで挑めるのだ。 (開いた)  カチリと穴から漏れた音に、鼓動は高鳴り鼓膜の奥まで揺らして熱くなる。  しかし、ここで早まってはいけない。コトを全て終わらすまでは。  深呼吸をして道具をしまい、秘密の花園へと入りこむ。  秘密の花園、それは空き巣をさせてもらう部屋。鍵穴と同じく、環境は人それぞれ違う。  充満した生活臭が鼻孔をくすぐり喉を流れる。もっと嗅ぎたくなって、呼吸が荒くなる。  タンスを開ける。甘ったるいバニラの香りがした。ヒノキが使われた立派な家具なのに、もったいない。ヒノキのあのすっと爽やかな匂いを期待していたからか、残念に思う。  それでも、心臓を打つ音は早まっていく。息づかいも犬のように暑苦しく激しくなっていく。  引き出しや戸棚を一つ一つ開けるたびに、家主のベールを剥がし、生身に近づいていく感覚がある。  けれども、思ってたよりもカネメのものはない。事前調査では、結婚詐欺で儲けてるという情報をつかんでいたのに。  貢がれたものは、ほとんど売ってしまったというわけか。カネも手渡しなんて今どきあまりしないのだろう。銀行の封筒に入った三万円だけが見つかった。  そっか。残念だったな。  高揚していた気分は下降に転じた。このまま心地よく終わりたかった。  この気分をどうしてくれよう。仕返しに、この女の悪事を警察に通報しておこうか。  マンションを離れ、歩道を歩きながらスマートフォンに指を滑らす。行き交う人々は犯罪者がいるとは知らずに通り過ぎていく。  画面には母からの通知が表示されている。内容はまた結婚しない息子を心配したものだろう。  女に興味はなく空き巣に心踊るのだ、と言ってしまいたい。が、そんなことはできないから、食事でも誘って機嫌をとっておくとしよう。小遣いも入ったし。  そう思ってポケットに手を入れると、カネは封筒ごとなくなっていた。
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