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恋は盲目
(三万、か)
たった三万。されど三万。
彼は一文無しだった。だから、目に飛びこんできた銀行の封筒は、自分のためにあるような気がしたし、自分がもらわなければと思った。
そう思ったときには、身体が動いていて、封筒は手の中にあった。
さて、この三万をどうするか。普通ならば、まずは食事だろうか。それとも垢を落とすために銭湯か。
否。足は彼女が待つバーへと急ぐ。
結婚を約束した彼女にはお金が必要で、今日も三万円を渡す約束をしていた。手にしたカネはちょうどいい金額だ。
バーに入ると、甘ったるいバニラの香りが広がった。それは、彼にじっとりと絡みつき誘き寄せる。
彼は芳香をたどり、彼女へと行き着き、三万を出した。
アリガトウ。それだけ答えて、彼女は立ち去ろうとする。彼は彼女の手首を掴んだ。
「僕にはキミしかいない。ね、そろそろいいだろ?」
「まだ私には借金があるから。それを返したらね。じゃ、仕事に行かなきゃ」
彼女は彼を振りほどき、夜の街へと溶けこんでいった。
「キミしかキミだけが」
カウンターの木目がぼやけ、彼女のようにも見えてくる。しかし、それは隠され、ハイボールグラスが置かれた。
顔をあげると、彼女の幻影を消した主、マスターが片目をつむりほほえんだ。
「そんなことないですよ。世界には約40億の女性がいる。世界は広い。私もイギリスで妻に出会いました。これはサービスです。今夜はゆっくり話しましょう」
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