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1.立ち退き
「あーあ。ついてない」
俺は思わず呟いた。どうしろっていうんだ。もう出ていくしかないのか。
私鉄の最寄り駅から歩いて三十分、風呂・キッチン別で一か月三万の部屋を探すのは大変だった。築四十年というボロアパートは破格の安さで、人の好い大家のじいさんは家賃が遅れても辛抱強く待ってくれる仏のような人だった。
まあ、ボロすぎて人がろくに住んでいなかったせいもあるとは思う。しかし、そんな大家が心臓の持病であっけなく亡くなった後、ぴしりとスーツを着こなした男がやってきた。じいさんの孫で、このアパートを出来るだけ早く退去してほしいと言う。何でもボロアパートを壊して、さっさと更地にして売りたいのだそうだ。
「そ、そんなこと、突然言われても……」
「そうですよね、ですから、こうしてお話に伺っている次第です。こちらを引き継いだのは私ですが、まずは立ち退いていただきたい」
一分の隙もない男が静かに言う。アパートの住人には居住権があるので、お願い云々と話しているが、俺の心はそれどころじゃなかった。男の話で覚えているのは、黙って出て行ってくれれば、敷金・礼金は丸ごと返すということだけだ。
法律のことはよくわからないが、ここに特別執着する理由もない。安くて駅近なのが取り柄のボロアパート。優しかった大家や隣人と助け合ってきた思い出はあるが、それも金が生んだ一時の縁だ。一通りの説明を終えると、スーツ姿の孫は去った。
「……どうしよう。どこへ行けば」
不安が思わず口をついて出た。自慢ではないが、俺には金がない、それどころか、借金まである。大学は奨学金頼みだし、サークルなんてもってのほか。バイトを掛け持ちして、何とかやり繰りしている毎日だ。新しいアパートを探すとなればバイト先から近いところがいいけれど、そう簡単に見つかるだろうか?
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