番外編 日々の欠片(かけら) ※

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番外編 日々の欠片(かけら) ※

 子どもの頃の話だけどさ。  俺は誰からも可愛い可愛いと言われてた。  親も近所の人も親戚も。同じぐらいの年の子にも。 「すっごい大きな目。色も白くて女の子みたい」 「由貴(ゆき)くん、これあげる。由貴くん、大好き」  にこっと笑えば、欲しいものは何でも手に入った。大人だって、ちょっと甘えた声を出せば何でも言うことを聞いてくれる。  気に入らないことがあれば、うつむいて悲し気な顔をすればいい。  嫌なことをされたら、相手をあからさまに非難するより、黙って涙をこぼせばいい。  俺の様子がおかしいことに気づいた誰かが「どうしたの?」って一言聞いてくれれば、話は簡単。  悲しいことや悔しいことを一生懸命耐える、可哀想な子が出来上がる。  だけど、そんな技を使えない奴が身近にいた。 「由貴、だめだ」 「何があ? 別に嘘つくわけじゃないし誰も困らないし」 「困るよ」 「誰が?」 「他の人じゃないよ。由貴が」  はあ? 何言ってんだか全然わかんない、と言ったらあいつは言ったんだ。 「自分はごまかせないんだ。由貴がだんだん苦しくなる」  何言ってんだ、こいつ、って思った。  普段は静かなくせに、そんなことを言う時だけは、やたら真っ直ぐな目をする。しかも、俺のことが心配でしょうがないって目なんだよ。  あいつの目を見ていると、何だか自分がすごく嫌な奴のような気がしてくるんだ。だから、苦手だった。  ……何でだろうな。  全部押し付けて逃げて来たのに。  時々わからなくなるんだよ。俺はどうしたかったのか、って。  あいつは俺の押し付けたものを全部背負って生きるだろう。自分のせいじゃないって投げ出せばいいのに、そうしないで丸ごと抱え込むような奴なんだ。  投げ出さないのは、あいつの勝手なんだから、俺のせいばっかりじゃない。そう思って来たのに。  俺とそっくりな顔をした母親の言葉が時々浮かぶんだよ。 『あたしたちみたいな人間はねえ、お父さんや琉貴(るき)みたいな子が必要なのよ。平凡な毎日の中に繋ぎとめてくれるような人がね』  道行く人が皆振り返るような美人だった母親は、父親をとても大事にしていた。今なら何となく、母親の言いたかったことがわかる。  俺が言えた義理じゃないけどさ。  あいつ、今、どうしてるんだろう。
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