番外編 聖なる夜に

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番外編 聖なる夜に

「るっきー! 一人なんだぁ! イブなのにぃ」 「……(もも)、何でお前、電話かけてきてんの? 今、仕事中だろ」 「えー! 今日はクリパなんだけど。間違って押しちゃってぇー」  電話口からは賑やかなクリスマスの音楽が流れて、複数の笑い声が聞こえる。かっわいそお―! と続く百花(ももか)の声に、少しも憐れみが感じられないのはなぜだ。  一年で一番華々しい日に、俺は一人で家にいる。そして、酔った百花が間違い電話なんかをかけてきたばかりに、寂しさに拍車がかかった。俺はメリクリ! と叫んで、さっさと電話を切った。  百花の店はクリスマスパーティの真っ最中だ。一人ぼっちな男に用はないだろう。  思わずふう、とため息をつく。  そうだ、こんな予定じゃなかった。  ケーキにチキンに、ちょっといいワイン。ささやかな食卓を二人で囲んで、プレゼント交換。そんなベタな一日を過ごすはずだったのだ。  今年は二人だけで、のんびり部屋で過ごそうなんて浮かれた計画を立てていた。土曜がイブで日曜がクリスマスだからちょうどいい。そう話していたのに。  無情な電話は、まさに昨日、金曜の夜にかかってきた。 「琉貴? ごめん、急に今から出張になって」 「……しゅっちょう」  俺の声は、我ながらとても低かった。その声を聞いた透也さんが一瞬、無言になってしまうくらいに。  取引先からの急な依頼に加えて、担当者が発熱でダウンした。その為に、同じ部署の透也さんが急遽呼ばれたのだ。新幹線ですぐに先方に向かい、日曜の夜には帰る。そんな話だったが、よく覚えていない。  ――クリスマスが終わる。  頭の中に浮かんでいたのはそれだけだった。   「ごめん、琉貴。できるだけ急いで帰るから」 「うん、大丈夫だから……」  頑張って、と言おうと思ったのに、うまく言えずに口ごもってしまった。透也さんのせいじゃないのに、悪いことをした。そう思っても後の祭りだ。  俺は今日、注文していたホールケーキを取りに行って、冷蔵庫の中に箱ごと入れた。焼こうと思っていた大きな骨付きの鶏腿肉も、スパークリングワインも冷蔵庫に入っている。  一人で先に食べて、透也さんが帰ってきたら、また買えばいい。頭ではそう思うのに、ソファーに座ったら、もう何もやる気が出なかった。
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