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透也さんはまめに連絡をくれるタイプだけど、今日は何も音沙汰がないところを見ると、かなり忙しいんだと思う。動きのないスマホを見ると、段々気持ちが落ち込んでくる。
ああ、もう今夜はコンビニで何か買ってこようかな……。ケーキだろうがチキンだろうが、お一人様用のものが売っているだろう。
何しろ、この家にはカップラーメンもレトルトカレーも無いのだ。一緒に暮らし始めてからは、簡単なものでも家で作るようにしてきた。いつも笑顔で透也さんが食べてくれるから、台所に立つのが嫌じゃなかった。ただ、二人の食事に慣れてしまうと、なかなか自分の分だけを作る気にはなれない。
「……よし! もうぐずぐずするのは止めた」
上着と財布を持って、玄関に向かう。靴を履いてドアを開けた時だった。ドアにぶつかりそうになった人影が素早く脇にどいた。
「わっ!」
目の前に、自分よりも20センチは背の高い男が立っていた。きりりとした眉に涼しげな瞳、高い鼻に形のいい唇。襟足までの真っ直ぐな黒髪が端正な顔立ちによく似合う。黒のカシミヤのチェスターコートに落ち着いたブルーグレーのチェックのマフラーを身につけている。
どこかの雑誌から抜け出したようなイケメンに思わず見惚れていると、相手の眉が僅かに顰められた。
「君は?」
「えっと……。失礼ですが、貴方は?」
「このマンションの持ち主の兄だ」
……兄?
ちょっと、待って。
そう言えば、前に透也さんはお兄さんがいると言っていた。
俺は思わず上から下まで目の前の男を見てしまった。確かに、端正な面差しが似ている。透也さんの方が甘めなイケメンだけど。
「透也さんの……、お兄……さん?」
「そうだ。君は弟の友人か? 弟は中に?」
「いえ、今は出張中です」
「出張? だから、幾ら連絡しても繋がらないのか」
透也さんのお兄さんは、眉間に皺を寄せた後、俺を怪訝な顔で見た。
「弟が出張中だと言うなら、何故君はここにいる?」
「え……えっ?」
透也さんの家族がこの家に来るなんて、俺は今まで考えたこともなかった。
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