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「そんなことはいいんだよ。琉貴が気にするようなことじゃない」
俺は黙って首を振る。
「そうか。全く、つれないねえ」
志生さんの冗談に、うまく言葉を返すことが出来なかった。
俺の一つ下の弟の由貴は、容姿の良さを生かして、光でずっとバイトをしていた。ある日、自分の借金を俺に押しつけて行方をくらました。兄弟二人で親を亡くした後もなんとかやってきたのに。
光でさんざん世話になった志生さんにも、一言の断りもなかった。由貴がいきなり消えた光は、それはもう大変だったらしい。ついてくれていた客が騒ぎ立て、借金取りが店にまで押し掛けた。
志生さんは由貴の後始末をしただけでなく、店に謝罪に現れた俺を庇ってくれた。バイトの声までかけてくれたのだ。
とぼとぼとボロアパートに帰ってくると、自分の部屋の前に男が立っていた。道路沿いの細い電灯の明かりは、一階の俺の部屋のドアに丁度当たる。長身で、しっかり筋肉が付いていて無駄のない体。後ろ姿だけでもすぐに誰かわかる。
――何で愁がこんなところにいるんだ?
俺は目を見開いて、咄嗟に逃げようと向きを変えた。
「待って! 琉貴!」
走り出してすぐに、追いかけられて捕まった。こちらは息を切らしているのに、こいつはちっとも辛そうじゃない。
「何でここにいるんだよ……」
「話をしたくて待ってたんだ。昼間、ようやく姿を見つけたのにお前、逃げただろ。電話してもメッセージ送っても、全然返信くれないし」
「ああ、充電切れてたな」
眉が顰められ、愁の瞳が細くなる。充電してても返事しないだろ! と言うのを堪えているのがわかる。
「愁、お前とはもう話がついたはずだ」
「お前が別れたい、って一方的に言って来たんじゃないか! なあ、このアパート、取り壊しになるんだろ。お前、これからどうするんだ」
「誰に聞いたんだよ。それに、アパートの話なんかお前に関係あるの?」
「お前の住んでるアパートの土地、うちに買い取りの話が来てる」
俺は息を呑んだ。だから、大家の孫はさっさと人を出したかったのか。
「お前のとこに、どうしてこんなに縁があるんだろうな……」
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