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「……透也さん、お疲れ様」
小さな声で囁くと、透也さんの腕の力が緩む。眉が下がって、何だか泣きそうな顔をしている。達也さんが台所に立って、テーブルの上の食事を温めていた。透也さんはコートも脱がずにじっと俺を見る。
「琉貴に、どうしても今夜会いたかったんだ」
「うん」
「折角、二人で過ごす初めてのクリスマスなのに、台無しにしたくなかった」
「……うん」
「なのに、何で」
兄さんが、琉貴と……。そう言った顔は、どんどん暗くなっていく。
俺はようやく、透也さんが勘違いしてることに気がついた。酔っぱらったから面倒を見てもらってたんだと言っても、透也さんは納得しなかった。
「透也、まずは食事。まだ食べてないんだろ」
「……」
俺は、子どもみたいにむくれている透也さんの手を引いた。透也さんは仕方なく、スーツを着替えてくると言って自分の部屋に向かう。そんな透也さんを見て、達也さんはふうと大きなため息をついた。
「驚いた。あんなに怒っている透也を見たのは子どもの時以来だ」
「……すみません。俺が酔っぱらって寝ちゃったから」
「琉貴くん。君は……」
達也さんが俺を見て、眉を下げた。その瞳は何もかもわかっている、と言っているように見えた。
「透也は愛想がよくてこだわりがなさそうに見えるけど。昔から、大事なものは絶対、離そうとしないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから……」
耳元で小さく呟かれた言葉に、俺は目を見張った。
息を呑んでいると、着替えた透也さんが足早にやってきて俺と達也さんの間に入る。
「兄さん! 琉貴に近寄らないで」
「全く失礼だな、お前は。人を害虫か病原菌みたいに言って」
「大して変わらないよ!」
まるで子どものような二人の言い合いに驚きながら、冷蔵庫の中にあったケーキを出す。紅茶を淹れながら二人を見ると、自分の子どもの頃を思い出した。俺が弟の由貴の面倒を見ていたように、達也さんは透也さんを気にかけている。文句を言いながらも、透也さんは次々に食事を平らげた。
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