1332人が本棚に入れています
本棚に追加
愁の家は金融業、中でも主な仕事は金貸しだ。俺は愁に告白され、付き合い出してからそれを知った。本人はあまり言いたくなかったらしいが、そんなことはどうでもよかった。弟の由貴の借金取りに追われるまでは。由貴が金を借りた先は……、愁の親父さんが持っている会社だった。小さな部屋で、俺は強面の男たちに取り囲まれた。
『弟の作った借金を減らしてやる。月々の返済額を抑えて、勤めてからでもお前さんが払える額にしてやろう。その代わり……』
俺は、その言葉に負けた。二度と愁には近づかないと誓った。
「俺はもう、お前の恋人でも友達でもないんだ」
「何で……」
「弟の借金の減額と引き換えに、お前と手を切れって言われた」
愁の目が大きく見開かれた。
ひどく傷ついた顔をした男を見て、こっちが泣きたくなる。愁が好きだった。大学に入った時からずっと気になっていたから、告白されて嬉しかった。一緒にいたかったけれど、俺の心はそんなに強くない。大学の寮にまで連日取り立てはやってきて、住み続けることができずにボロアパートに飛び込んだ。疲れ果てて、俺は愁の父親が出した条件をのんだ。
「……お前は何も悪くないよ。俺はお前より、自分が楽になる方を選んだ。どうしようもない人間なんだ」
言わないでおこうと思った言葉すら、愁にぶつけてしまった。いなくなった弟にも、弱い自分にも腹が立つ。愁は、何も悪くない。
「何、騒いでんのよ! 壁のうっすい安アパートなんだから静かにして!」
隣の部屋のミナちゃんが、すごい剣幕でドアを開けた。
ミナちゃんは、俺と同い年の真面目な大学生だ。近くの美大の油絵学科に通っている。俺たち二人を見て目を白黒させていたが、愁を見てごくりと息を呑んだ。美大生のミナちゃんには悪い癖がある。ガタイのいい男を見ると、やたらデッサンを取りたがるのだ。
「えっ……、やだ。ちょっと……」
ミナちゃんの目がぎらりと輝いて、つかつかとこちらに歩いてくる。ほうとため息をついて、愁の腕をいきなり掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!