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翌日、土曜日・・・。
「遅かったね、仕事?」
夜も深まった頃、やっと矢田さんが私だけの屋敷に来た。
スーツではなかったけれど、仕事をしていたんだろうなと分かった。
この人はそういう人だから。
「はい、遅くなりました。」
“すみません”とは言わず、矢田さんが私だけの屋敷に足を踏み入れた。
もう夜中になるので私はスッピンだしお風呂も済ませている。
パジャマ姿のまま矢田さんを屋敷に迎え入れる。
1ヶ月後には結婚をする人。
31歳・・・今更こんな夜中に気合いを入れた格好を見せる必要もないかなと思い、いつもの私の姿で出迎えた。
「夜ご飯は?」
「夜は食べていません。」
「朝と昼にしっかり食べるタイプだからね。
少し食べる?・・・卵かけご飯かな。」
「はい、ありがとうございます。」
“すみません”ではなくて、また“ありがとう”と言う矢田さん。
そんな矢田さんに笑い返し、卵かけご飯の準備を・・・準備という準備もないけど準備をした。
「ねぇ、37歳で唐揚げが好きとか本当に?
胃もたれしてこない?」
「してきますね。」
その答えには声を出して笑ってしまった。
「それなのに好きなの?」
「それでも好きですね、昔から。」
「そうだよね、よく食べてたもんね。
でも数は減らした方がいいんじゃない?
米倉さんは若いから容赦なく盛り付けしてるから。」
そう言いながら白米と卵、醤油を矢田さんの前に置いた。
「そのお米も卵も醤油も、スーパーに売ってる普通のやつだからね?」
「俺は一般家庭で育ったのでそれが普通です。」
「一般家庭ではないでしょ?
お母さんだって研究所で働いているし、お父さんなんて藤岡ホールディングスの新グループ会社の人事部長なのに。」
矢田さんのお父さん、元々は大手経営コンサルティングの本社の人事部長だった。
それが約13年前、上に直談判してまで入社させた社員。
その社員と引き換えに自分は支社に飛ばされた。
その会社を、大企業中の大企業である藤岡ホールディングスがM&Aをしたことは記憶に新しい。
株式譲渡中に本社をなくし、事業譲渡後は支社1本にした。
その支社にいたのが、矢田さんのお父さん。
藤岡ホールディングスのグループ会社となった後、矢田さんのお父さんは人事部長として重宝されている。
と、いうことを・・・
天野さんの結婚式の時に旦那さんのお姉さん、紅葉さんから教えて貰った。
紅葉さんの経営コンサルティングの会社が、そのM&Aを主導していたのは有名な話だったから。
更に驚いたのは、矢田さんのお父さんが自分と引き換えに入社をさせた社員というのが、天野さんの旦那さんのお姉さんの旦那さんで・・・。
というよりも、天野さんのお兄さんだった。
小池さんの事件の際は、天野さんの旦那さん含め他のご兄弟達が調査員として真実を突き止めてくれた。
目の前で卵かけご飯を綺麗に食べていく矢田さんを見る。
「お父さん、最近こっちに来たりしてるの?」
「たまにですね、本社で用事がある時に顔を見せに来ます。」
「・・・何か、言われた?」
私の質問に矢田さんが苦笑いをした。
そして・・・
「“刀1本どこやった?”って聞かれたよ。」
と、よく分からない話、それも敬語でもなく普通にそう答えた。
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